7話 適当に本気
薄々気づいていたが・・・
「・・・トラブル体質だよな、やっぱり。」
団長との遭遇がついに十日間連続を突破した記念に、街中を全力疾走中の俺は大きなため息をついた。
「私の方がずっと速いのに・・・!なんで毎日ちゃんと逃げ切るの!?この卑怯者!!」
この王都の第三騎士団の団長であり下級兵千人と釣り合う実力を持つと自負している彼女は、いまだに殺人未遂の指名手配犯を捕らえられずにいる。
というのも、その犯人である俺が姑息な手を使って逃げ切っているからなんだが。ちなみに昨日は屋根の淵に油を塗っておき、後はお察しの通りだ。こうして罠を張り巡らしているうちに、この小さな街は俺のホームグラウンドになっていたのだった。
「あんたなぁ・・・遭遇確率がとうに天文学的数字なんだよ、卑怯でもないとやっていけねっつの。」
最近の俺の朝は、団長との遭遇で始まる。
「ぐっ・・・、ともかく!さっさと捕まって事情を話してもらうからね!」
毎度会うたびに驚きの声を上げる団長は、図星を突かれるとすぐに話を逸らす。そういう時は決まってベタな台詞を吐き、本当に分かりやすい。
だが、一見お茶目なこの団長も、たまに意表を大きく突いてくることがあり、そのせいで毎日ぎりぎりまで追いつめられている。俺を奇跡的に発見できているのは俺の体質だけでなく、彼女の持つ何かによるところがあるのかもしれないと思うところもあった。
そんな団長と朝のランニングをしつつ、情報集めを行った後は、適当に本気で撒いて技の訓練をするのだが・・・
「・・・というか、騎士団長様も暇なもんだな。鬼ごっこが趣味なのはよく分かったが、こんだけ負け続けてんなら、そろそろお友達の一人でも誘った方が良いと思うんだが───」
突然、彼女は立ち止まって下を向く。今日はいつもと違うようだ。
「──それはっ!・・・私一人で方をつけるって決めてるの・・・!私一人で・・・やらなきゃダメなの・・・!!」
苦しそうに、且つ弱々しい声で彼女は語る。ようやく分かってきたが、第三騎士団は他の団より劣っているというのが王都での常識で、どうやら事実らしい。汚名返上のためなのかは知らないが、彼女の必死さが直接伝わってくるようだった。
・・・俺が捕まってやれば、彼女はこんなに悲しそうな顔をしないで済むのだろうか。それなら俺は・・・
「・・・・・・俺は・・・っ───!!」
──先日の第二騎士だ。お仲間を何人か連れて団長の元に向かってくるのを遠目で確認、路地裏から屋根へ駆け上った。
「相変わらず、汚い街ですな。こんな街を救おうだなんて、本当に第三騎士団は無能ですよ。」
「・・・」
団長はただ黙り、重たい空気が立ち込める。と、その場を和ませるように明るい声を上げながら幼い兄妹が近寄り、妹の方が第二の皮肉屋にぶつかった。黄色い花がこれでもかと詰まったバスケットを提げた妹に駆け寄り、兄の方が頭を下げる。
「ご、ごめんなさい。ほらお前も!」
「ごめんなさい。だから、お花一つ上げるね?───」
「──汚らしいガキがっっ!!」
差し出された淡い色の花に男は突然形相を変え、妹が差し出したバスケットを叩き落とした。
「っ──!!」
その瞬間、自分に対しての罵倒には反応しなかった団長は怒りに顔を染め、剣に手をかける。その威圧感は物陰に潜む俺の心臓をも揺さぶり、辺りの空気がひりついているとすら感じさせる勢いだ。
「おっと、どうかしましたかな?この薄汚い街の実権は第二騎士団が握ってるんですがね。私らの土地で何をしようと勝手でしょう?だいたい、あの汚らしい子供たちが勝手に住み着いているんですよ、困った奴らです。変な気は起こさないようにお願いしますよ?騎士団長様。」
・・・団長は下唇を噛む。この街を人質に取られ言い返すことが出来ないようだが、表情のみであれほどの圧を放つ人物は滅多に見ないだろう。類を見ない強さとでも言おうか、優しさと呼ぶには激しすぎるが、殺気と呼ぶにはあまりにも優しすぎるのである。
「うう、ううぅぅぅ、うわぁぁぁぁん!!」
「うるさいぞ!!このガキィ!!」
「い、妹に触るなっ!来るなっ!くるなあっ!」
泣き出した少女に皮肉屋が近寄り、涙目で庇う少年に杖を振り上げる───
「だめえええっっ!!」
──斜めに振り下ろされた杖は、強く鈍い音を立てた。
「・・・っはは。殴られると・・・結構痛いんだよな・・・」
少女を庇う少年を団長が庇ったのを俺が庇い、杖を横腹に受ける。
バスケットを叩き落とした時点で土壇場に手が出ることは分かっていたから、すぐに屋根を飛び降りておいたが・・・まあ悪い結果じゃないな。急に現れた俺にその場の誰もが疑念を向ける中、俺はため息交じりにさすって言う。
「・・・さて、第二の騎士。お前らの事情など俺は知らないが・・・・・・とりあえず反省しろ」