6話 茶目っ気が足りない
「熱っ!!?」
団長は俺の手を離し、屋根の下に落ちていく。先ほどまでは「絶対に離さない」といった意気込みで握っていたんだろうが、急に俺の手が熱を放つことは予想していなかっただろう。声を上げた頃には既に手を離していた。
それにしても、シンプルイズベストだな。魔力量も射程距離も気にしなくていい。単純な魔法が強いというのは嘘ではないようだ。寝る前の頭の運動として魔法を連発してみたり継続使用してみたりして、二段ほど強い技まで習得しておいた甲斐があった。
火属性魔法は火術、炎術、火炎術まで覚えたが、火炎術から熱湯程度の熱さは出せるらしい。団長は、ダージリンティーを手にこぼしてしまったような気分で落ちて行ったことだろう。
「幼児以下でも、触ったら勝ちの遊びはやってるんだぜ、お姉さん」
一言残してから、死角となる方向に逃げ出す・・・ことはせず、少し距離を取って団長を見張る。
まず相手を視界に納めることが出来れば、大抵の問題はなんとかなる。
団長が次のアクションを起こしたときに対応しやすいからな。しっかり見張っておこう・・・
というのは建前で、実際は興味本位だ。人々を見る限り、特段女性の方が腕が立つということもないと考えられるが、彼女はどうして団長の地位についているのだろう。自力だけで一騎士団の団長に上り詰めたのだろうか。金やコネ由来の可能性もあるが、あの性格を見る限りそうは思えない。そもそも、この国の第三騎士団がどれだけの実力を誇るのかも分からないからな・・・やはり気になるところだ。
今は犯罪者だからな。しっかりとストーカー行為に勤しませてもらおう。
・・・しばらく落ち込んだ顔で町の階段に座っていた団長は、自分の頬を両手で叩いてから動き出した。
なんとなく暗い雰囲気の貧民街を抜け、西洋風の城下町にでた。町門を境にして、地面の色が大きく変わっているようだ。瓦礫やゴミで雑多な街の存在を認知していないかのような、白いタイルで綺麗に整備された町が広がっている。
どちらが綺麗な街かと聞かれれば言うまでもないが、茶褐色と純白の対比に、漠然とした寂寥感を覚える。
「って、アンタもか、騎士団長様。」
城下町と貧民街を見比べ、悲し気な表情で肩を落としている団長が感じていることは、その時の俺には手に取るように分かった、と思う。
・・・っと、団長のもとに青いローブの男が近づいてくる。見れば、二人とも肩に同じ模様のエンブレムがついているようだ。騎士団のものだろうか。気づかれない程度に近づき、聞き耳を立てる。
「これはこれは、第三騎士団の団長殿。どうしたのですかな?」
人当たりの良さそうな顔つきと、礼儀正しく丁寧な言葉だ。
「・・・どうもしませんよ。第二には関係のないことです。」
察するに、相手方は第二騎士団の騎士のようだ。理由は知らないが、団長は苦い顔を隠しきれていない。
「おやおや?ご機嫌斜めでしたか?申し訳ありませんな。なにしろ第三への理解が乏しいもので。おっとそういえば、貴方様を追い詰めた一般人はもう捕まえたので?・・・ああまだでしたか!!いけないいけない、うちの仕事効率を基準にしてしまいましたよ。」
「っ───!!」
悔しそうに顔を背けた彼女を見れば、皮肉っぽい第二の騎士が苦手なこと、何も言い返せない立場にあることは分かる。俺が捕まれば解決できるのかもしれないが、知ったことではない。
にしても、第二のおっさんの皮肉はセンスに欠ける。茶目っ気が足りないと個人的に思った。
・・・団長は何も言い返すことはせず、道沿いに歩いて行った。開けた街道は人通りが多く、流石に不審がられてしまうため、これ以上の深追いは出来ないな。
今回の遭遇も奇跡的なので、また会うかどうかも分からないが、機会があれば騎士団周りの状況について探ってみたいところだ。
「まずは・・・寝るか。」
団長が他の兵士を率い大勢で俺を捜索する可能性を考慮し、辺りが明るくなる前に起きたが、あのタイミングで団長に出くわさなければ、もう少し静かな朝を迎えられたはずだ。
端的に言えば団長のせいで眠い。
俺はすぐに横になり、明度と彩度が増す空を無視して一時間ほど眠った。