65話 祝いに飯でも行こうじゃないか
「よお、赤髪。」
「うわっ!・・・お、おぅ。」
腹部を擦りながら待合室に赴いた俺を、妙にそわそわした少女と歯切れの悪い返事が迎える。悪影響が無いことは綿密な検査により実証済みだが、呪術による万が一は起こらずにいてくれたようだ。と、そっと胸を撫で下ろす俺に、彼女は落ち着かない様子で問いかけた。
「あぁ、あの!治りが早いって言ってたけど・・・もう怪我は大丈夫、なのか?」
自責の念からか、彼女は相当焦っているようだ。まあ確かに、自分が腹を刺した相手なら無理はないだろうが。
「その感じだと、意識はずっとありましたって口か。俺はこの通り問題ないんだが・・・いや、すまないな。俺が不甲斐ないばかりに、わざと刺されにいくような方法でしか突破口を見出せなかった。暴走中に心苦しい思いをさせたなら、悪いことをしたな。」
「あぁ謝るのはこっちの方だろ!・・・その、本当にごめん!あたしあんたの言う通り吸血鬼で、血が足りなくなると狂化しちまうんだ・・・。」
狂化というのは、文字通り狂って化ける、獣人族が生存本能を解き放って狂暴化してしまうことである。狂化した獣人族は暴れ回って外敵に対抗する、食料を求めて四足で駆け回るなどの行動を取るのだが、彼女のように血操能力を持つ個体は、欠乏していく血を補うために人を襲ってしまうのである。貧血気味の獣人が生存本能に従って他者の血を吸う、それこそが吸血鬼の実態なのである。
「そう謝らなくていい。お前はむしろ、その中でも最善の行動を目指していた自分を褒めてやるべきだと思うぜ?死人は出ていないし、しばいたのは悪党だけだ。悪党なら傷つけて良いのかという問いがあったとして、投げかけられるべきは俺の方だろう。」
そして、その問いに対する俺の答えは「知らない」の一言だ。良い悪いの判断はもとより人の主観に過ぎず、だからこそ好き放題に生きるしかないのである。天罰の類が少なそうな『良さそうなもの』を選び、その上で自分の正当性を一切主張しない。それが、自分の目から見た『悪党』を傷つける際のルールとして、俺が勝手に決めていることだ。
「・・・それで、赤髪の方はどうだ。俺のおまじないは、効果がありそうか?」
「そうだ、そのことが聞きたかったんだよ!・・・あたし、ずっとフラフラしてたはずなのに、昨日からおかしいんだ!」
彼女はバッと立ち上がり、気分を高揚させた様子で近づく。
「血が足りないーっていう感じが、全くしなくてさ!頭も痛くないし、朝起きて立ち眩みがしなかったのだって、今日が初めてなんだ。ずっと胸が苦しくて、息だってつらかったのに・・・!昨日からあたし・・・おかしいんだよ・・・っ!!」
次々と言葉を紡いだ彼女は、溢れ出てしまった涙に気づいてから、俺が羽織ってきた制服の裾を掴んで引き寄せる。
「赤髪は、根性あるのに泣き虫だな。」
「・・・だって、久しぶりなんだ・・・!」
俺の胸元に顔を埋めたまま、彼女は涙ぐんだ声で語った。
「胸の中、あったかくなる感じ・・・久しぶりで、懐かしくて・・・!」
「ああ。」
「ほんとに・・・あんた何者なんだ・・・!一度会って話しただけで、あたしなんか赤の他人で・・・なのになんで、大怪我負ってまで助けようとしたんだ・・・っ!」
どうして助けたか、という単純な問いに、俺は目を閉じて黙考する。確かに、時間はかかった。思考を巡らせて、必死に走り回った。刃物による痛みも、二度と味わいたくはないと思っていた。その苦労が想像できなかったわけではなかったのに、俺はなぜ、執拗に彼女を追い回したのだろう。その答えを得て、俺は口角を上げた。
「・・・まあそんなことはいいから、祝いに飯でも行こうじゃないか。ちょうど俺の知り合いに、お料理上手な優男がいるんだ。」───




