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62話 弱者の一撃必殺技

──────────



─────


「・・・本性、いや、本能と言った所か・・・。とりあえず、今のままじゃあ話もできそうにないな。」


小刀を構えた少女は、夜風のように強襲する。ナイフの切っ先と発光する赤い瞳は、間違いなく俺の首筋を見据えていた。


「・・・予想通り、速いッ──!!」


紅い眼光が、残像として流れる。飛びのいた俺の腹部があった場所を、そのナイフは確実に切り裂く。向けられた殺意を前に俺が選ぶのは当然、逃げの一択であるのだが、吸血鬼の本能を解き放った赤髪は、下手をすると第一、第三の騎士団長よりも速いんじゃないかと思う程に鋭い動きをした。


「完全に()る気だったな・・・今まで死人が出てないってこたァ、狂暴化する前に用を足してたってわけだ。・・・素面で人の首筋を一噛みとは、やはりいい根性してやがるよ。・・・っぶねえッ・・・!」


彼女の猛攻を何とか掻い潜りながら、夜の貴族街を駆ける。灯りの多い噴水広場まで誘導すると、彼女は屋根の上でおもむろに立ち止まり、手に持っていたナイフを振り上げた。


「こんだけ街灯の光に照らされてりゃ、暴れる気も失せる・・・って、おいちょっと待て───」


「──ッ!!」


──彼女の左腕から、赤黒い血が噴き出す。俺が驚く隙も与えず、奇行に走った彼女の血液は、空中に留まったまま凝固した。その手が挙がっていくのにつれて、飛び散っていた血は氷柱か針か、鋭く尖った姿を形成していく。


「・・・そういや、そういう世界だったなッ・・・!!」


振り下ろされた手に従い、血液でできた複数の結晶が放たれる。そのうち数本は俺を、それ以外は街灯の灯りに飛来するのだが、それにしても凄まじい速度である。灯りによる状況有利を瞬く間に覆された俺は、唖然とするほかになかった。まず目に映るのはタイルを(えぐ)った結晶の痕、聞こえるのは噴水の水音だけである。


「あーあ、おかげで真っ暗だ。こいつは一杯食わされた。・・・ちょっと手荒になるが、ここはひとつ、お互いさまってことで頼むぜ?───」


──大口を叩いてまもなく、再び飛んできた結晶を避ける。避けて避けて、避けた先に狙いをつけた結晶を紙一重で避ける。


「理性もなさそうなくせして、小賢しいことをするんじゃあない。何度やっても当たらないから、さっさと降りてくるんだな。」


そう言ったのは、彼女が自傷に走らないよう気遣った、ということもあるが、彼女が逃げない内に決着をつけるため、さっさと近接戦闘に持ちこみたかったというのも本音だ。幸い彼女はその気になったようだが、身体能力的なハンデを負う俺の負担は、決して軽くなったわけでは無かった。


「・・・!!」


連撃も連撃、錬成しておいた鉄パイプを取り出して受けるも、楽に捌き切れるはずがない。無我夢中で抵抗するが、何かきっかけがあれば崩されるのは俺の方だろう。


「グッ──!!」


その矢先、彼女自身はナイフを振り回したまま、その左腕付近から結晶が放たれる。身をひるがえして回避を試みるも、既に生成されていた二発目によって、俺の右肩は血の叫びを上げた。


「・・・おーいてぇいてぇ、無血開城は流石に甘えだったか。・・・ちったぁ隙を見せてくれるかと期待したが、予想以上だな?赤髪。」


俺は大きく飛びのいてから、左手に持ち替えた鉄パイプを放り捨てて言った。本能的に何かを察知したのか、彼女は牙を剥いたまま、俺の様子を伺っているようだ。


「お察しの通り、もうじき決着だ。無言の相手にお喋りを続けるというのも、そろそろ虚しくなってきた。」


俺は力の入らない右手を少しだけ動かして、彼女の方に歩いて行く。彼女は警戒心を研ぎ澄ませ、いつでも反撃ができるといった様子で小刀を構えた。


「最後に一つ、ご覧いただこう。その気になれば誰でもできる、弱者の一撃、『必殺技』ってやつだ。」


俺は右腕を振り上げながら走り込む。


「・・・・・・!!」


彼女が俺の右手を掻い潜るように這いより、殺意を込めた刃を突き出す中で、俺は大きく息を吸って言った。



「『肉を切らせて骨を断つ』。・・・実に愉快な言葉だ───」

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