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61話 笑っちゃうほどロマンチック

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────────────




「おかあさん!この絵本にでてくる『きゅうけつき』って、なに?」


少女は無邪気に聞いた。確か母親は、少女が生まれ持った赤髪を優しく撫でながら、膝に座る小さな彼女の背中に向けて言った。


「そうねえ。わるい吸血鬼は、いいこたちの首をガブッと噛んで血を吸っちゃう、こわーい生き物。」


「こわーい。」


「・・・でもね、いい吸血鬼もいるの。みんなが怖がるから、普段は隠れて暮らさなきゃいけないんだけど、とっっても優しいんだよ。人を噛んだりしないし、血だって吸わないの。」


母親はそっと、彼女を後ろから抱きしめた。


「・・・・・・さあ、そろそろご飯にしましょうか。」


「やったー!おかあさんのごはんだいすき!!」


「それは良かった。栄養満点だから、今日もたくさん食べるのよ。」


机の上には美味しそうなシチューが並んでいる。母親の料理は、なぜかいつも金属のような味がするのだが、彼女はその料理を食べるのが好きだった。母親は、変な味ながらも毎日手の込んだ料理を作ってくれるし、なにより家にこもって毎日を過ごす彼女にとって、食事の時間は数少ない楽しみの一つだったのである。母と二人で食事を楽しみ、お絵描きや魔法の真似事をした後は、泥のように眠ってしまう。そうした日々に不満はなく、当たり前と思いつつも、彼女は確かに幸せを感じていた。


・・・・・・・・・


しかしまもなく、彼女の母は死んだ。彼女が十四歳になった時の事だった。起きなくなった母にしがみつき、喉が枯れるまで泣いた彼女は、ふと母親の首に下がったロケットペンダントに目をやった。あれは、母が肌身離さず身に着けていたものだが、寝る時にもつけていたようだ。彼女はそっと手を回し、それを取り外した。


「これ、鍵・・・?」


蓋を開いた中にあったのは小さな鍵、彼女は力なく立ち上がり、母親の机にある引き出しの前で止まった。鍵穴に金色の鍵を差し込み、ゆっくりと回す。古めかしい木箱が開く音、彼女は既に、引き出しの中身が空っぽになった自分を何とかしてくれるという、逃げ道のような希望にすがっていたのである。


「・・・お母さんの、日記・・・。」


母親の手記の最初のページには、彼女が会ったことのない父親の写真が張り付けられていた。母の横で、生まれたばかりの彼女を抱いている。次のページには、彼女が生まれたことに対する、母の感謝と喜びが延々と書き綴られていた。枯れていた涙は、色を変えて再び流れ落ちた。


「・・・おかあ・・・さん・・・!!」


そして彼女は、全てを理解することになる。


『吸血鬼の中で一番強いから、血を吸わなくても生き延びれるんですって』


父は『いい吸血鬼』で、自分は父と同じ吸血鬼であること。


『最後まで強がって、そのまま死んじゃうなんてね。本当に、いけない人なんだから』


父は命を差し出した母を前に、自らの死を選んだこと。


『貧血で死ぬってことは、私も吸血鬼の仲間入りかしら?夫婦揃って同じ死因なんて、笑っちゃうほどロマンチックね』


母が自らの命を削り、吸血鬼の血を継ぐ自分に差し出していたこと。


『本当は、もうちょっとだけ一緒にいたかったかも。でも、あの人と、あの子と一緒に生きれて、私はこれ以上ない幸せ者だわ。』


・・・そして、自らの命を差し出す程に、母は父と自分を強く愛していたということ。


ページを繰る手は震え、視界はゆらゆら揺れている。母を殺したのは、自分だ。自分の中には今、母の血が流れているのだ。母の深い愛が流れ込み、深い悲しみと混ざり合う。彼女その瞬間、死んでしまいたいと強く願いながら、生き抜くことを決意した。



それからは、母の部屋に置いてあった地図を頼りに、無我夢中で森を走った。『王都』の門をよじ登って、山の向こうから昇って来る朝日を眺めた。誰かの血を吸うことを考えると、胸が痛くなる。だがそれでも、生き延びなくてはならないと思った。


彼女が初めて見る世界は、家の中より酷く冷たく、それでいて呆れるほどに綺麗だった。

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