57話 別の切り口もあるか
「君は、あの時の・・・!」
あの時というのは、この人がここに来たばかりの時、第三騎士団長のアイリスさんに追いかけまわされながら、彼が私の営む団子屋に通っていた時期のことである。
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巧みな逃走術で団長さんから逃げ切った後は、彼は決まって私のところに来た。骨董品を扱うおじさんに収集したガラクタを買い取ってもらい、その代金の一部で私の団子を買っていたらしいのだが、どうしてわざわざ塩辛い団子を食べに来ているのか、初めは私もよく分からなかった。そして、毎日やって来る彼を疑問に思った私は、まさか私の団子が好物になったわけでもあるまいなという思いで、ついには指名手配されていた彼に声をかけてしまった。
「ねえ。どうして毎日、こんなところに通ってるの?」
彼の罪状については、確かアイリスさんの公務執行妨害、というような感じだっただろうか。手配書には見たら報告をくださいと書かれているのみで、内容も曖昧だった。黒くて変わった格好をした彼はまるで正体が掴めず、迂闊に話しかけてしまった私は、好奇心と恐怖を胸に抱いたまま彼の返事を待った。彼は鋭い目つきで振り向いて、団子の串を咥えたまま答えた。
「そうだな、今はこの団子を食うためってのもあるんだが・・・正直に言えば、あんたと話せないかなと思ったのがきっかけだ。」
「ふ、ふーん・・・。」
私はドキッとした。もちろん、自分が情報通としてこの貧民街で多少認知度が高いことは知っていたし、彼が情報収集の目的で来たという事が想像できなかったわけでは無かった。しかし、情報目当ての客の大半は乱暴に押しかけてきて、欲しい情報を聞き出すだけ聞きだしたあとはお代も払わずに帰っていったものだから、自分から話しかけることをせず、何日も私から声をかけるのを待っていたという彼に対し、私はとても興味が湧いてしまった。
「何か、聞きたいことでもあるの?」
本来なら、悪人やお尋ね者に手を貸すような真似はしない主義だ。しかし、私には彼が何か悪いことを企んでいるようには見えなかった。
「特にこれが聞きたいというものは無いんだが、ここには来たばかりでな。この王都のしきたりやら年中行事やら、なんにも知らないのはまずいと思ったわけだ。要するに、少しも差し支えなければ、俺の世間話に付き合って欲しくれないか。もちろん少しでも都合が悪ければ、すぐに出て行くと約束する。」
その時からだっただろうか、私はカウンター越しに眺める、黒服を纏って団子の串を咥えた彼の姿が、とても様になるなと思うようになったのだ。
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「魔法は、『近接職』には使えないのか?」
「使えるのもあるけど、『精霊』が認めるかどうかだから、その辺は曖昧な感じかも。」
「ほお、『精霊』ね。」
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「王都の騎士団は第一から第三まで三つあって、この辺は第三騎士団の管轄って聞いたけど、アイリスさん以外見たことないんだよね。」
「なるほど、助かるよ。次の悪事の参考になるかもな?」
「もう、変なこと言わない!」
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「店主がここまで出てきて、急にどうした。」
「君が団子食べてるの見たら、私も食べたくなっちゃった。・・・いいでしょ、どうせ君以外、誰も来やしないんだから。・・・うん、やっぱりしょっぱい・・・。」
「上等な砂糖でも手に入れば、この絶妙な焼き加減の魅力が更に引き立つと思うんだがな・・・。っと、別の切り口もあるか・・・焼き加減を生かす方法が他にあるとしたら・・・」
「なにをぶつぶつ言ってるの。・・・私は、このままでいいよ。他に誰も来てくれなくても・・・・・・きて、くれるから。」
「将来的にはって事か?・・・そうだな、こんなに美味い団子を作るあんたは、さっさと幸せになっちまった方が良い。」
「・・・・・・知らないっ。」
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しかし、その時は急にやってきた。
「あの人が・・・・・・殺人・・・?」
彼が第二騎士団のエリート達を全滅させて、そのうち一人を首から上がぐちゃぐちゃになるまで殴り、そして、殺したらしい。信頼できるいくつもの情報源からそれを聞いた私は、これ以上ない、それはもう頭がおかしくなりそうなくらいの、深い絶望の谷底へ叩き落された。
聞かずにいれば、彼はずっと優しくて気さくな常連でいてくれると思っていた。私が焦がしてしまった団子を心底美味しそうに食べる彼は、店が繁盛せず途方に暮れていた私の唯一の希望だった。しかしその光は、真っ暗な闇に呑まれてしまったようだ。彼自身の事を聞かなかった理由として、最初に抱いていたのは逆上して襲われることへの恐怖。だがそれも日が経つにつれ、彼との関係が壊れることへの恐れに変わっていたというのに。
「私・・・あの人の事、何も知らなかった。最初から・・・騙されてたって言うの・・・。」
喉が詰まる。胸が苦しい。そうして打ちひしがれる私の元に、彼はやってきた。私はこみ上げるどうしようもない悲しみを必死に抑えながら、冷静を装って彼に言い放った。
「君に売る団子は・・・もう無いよ。」
「そうか・・・・・・悪かった。」
彼は今までに一度も見せたことのない、『少し落ち込んだ様子』を見せて答えた。その表情で、苦しくて仕方がなかった胸が更に締まる。私の方がつらいはずなのに、どうしてそんな顔をするのだ。今まで私を騙して優しい顔を取り繕っていたのなら、どうして今更、そんなに悲しそうな顔をするのだ。泣き崩れそうな私の前に、彼は申し訳なさそうに、一つの大きな箱を置いて去った。
箱の中に入っていたのは、小瓶に入った黒い液体、『ショウユ醸造キット』と書かれた精巧な作りのガラス箱だった。それらを箱から出すと、一番下にメモ書きの紙が敷かれていた。
【団子のタレにでも。要らなかったら捨ててくれ】
「・・・・・・ぅう・・・!!」
しわくちゃな紙に、ボロボロと涙が落ちる。不格好な文字のインクがぼやけていくのを見ながら、私は声を上げて泣いた。




