53話 知っていて尚
伸ばした右手が掴んだ空は、魔法と共に真の姿を現す。それは紛れもなく、今の今まで透明化していた男の前腕だった。
「グッ・・・貴様、何故・・・!!?」
「・・・全部見てたんだろう?尾行の腕は相当みたいだが、相手と従い先を間違ったな。」
透明化していたのは、全身黒づくめのジャパニーズ忍者、とまではいかないものの、それとよく似た格好の男だった。頭のフードを外すと、中にあったのは白髪と刃物のような瞳、懐にはナイフが二、三本仕込まれているようだ。手慣れた所作でそいつを引きずり込んだ俺は落ち着いた口調で諭すが、声を荒げて脅さない理由は、そういう事が好きではないからである。
「・・・さて、あんたは今、俺に何故と聞いたな?俺の方も偶然、聞きたいことが幾つかある。俺としてはこれ以上手荒な真似をする気は毛頭無いから、俺があんたの質問に一つ答えるたびに、一つ教えてもらうというのはどうだ?情報を漏らしたくないなら質問をしないでくれればいいが・・・聞きたいことがあるのなら、聞かせてやろうじゃあないか。」
「ッ・・・・・・。貴様、何故俺の尾行を破った?姿、魔力、足音、俺はそのすべてを消し去っていたはずだ。」
男が口にした瞬間、俺は邪悪な笑みを浮かべる。理知的で平和的だが、人の欲するところを逆手に取った、小賢しく矮小な取引。だがこれこそが、俺のやり方なのである。相手が何も言わずに逃げたいのなら、何も聞かずに見逃してやるというのだから、実際相手に有利な条件であることは間違いない。しかしそれも含めた上で俺は、既に駆け引きの主導権を握っているのだ。
「もう一度言うが、問題はあんたでなく、指揮官の方にある。俺がずる賢い悪党だと知っていて尚、考えれば読み切れる指示を出すんだからな。第一騎士団長が護衛も連れていなかった時点で、尾行を疑うのは自然な流れだが、あんたが聞きたいのはここからだろう。・・・さあ、第一騎士団長クラスの人間が捕まえられなかった人物のため、総会はどんな奴に尾行を任せたんだろうな?」
「・・・!!」
「そう、あんたのようにとびきり優秀な、尾行のエキスパートだ。・・・それこそ、寸分たがわず最適な動きを取るぐらいのな。・・・この路地裏は分岐が多いから、俺が分道かれ道にたどり着くタイミングで、あんたは必ずここに現れるはずだろう?それまでの間ずっと同じ速度で歩いてしまえば、あんたの動きを完全に予測できるってわけだ。」
俺が話し終えた時には既に、男はその目を見開き、驚愕と唖然を隠すことをやめていた。その姿を前にして、俺はその瞬間、駆け引きの勝利を確信する。
「・・・それじゃ、今度は俺が質問させてもらおう。」
男は固唾を呑む。この分ならおそらく、愉快な返答が返ってくることだろう。実力と状況から判断するに、この男は総会に強い信頼を置かれていると考えるのが妥当だ。総会の裏事情について知っていても何らおかしいことはなく、俺の質問はより慎重にひねり出すべきである・・・が、敢えて大胆にいってしまうのは、俺がそういう事を好んでいるからである。
「俺が参謀として、総会の『裏側』に助力したいと願っているとすれば、総会はどう答えると思う?」
あたかも全てを知っているかのような口調は、先ほどの会話なくしては成り立たず、笑い飛ばされて終わりだったはずだ。しかし、俺が総会との駆け引きで上手に回っていることを強調しつつ、若い彼をとびきり優秀だと褒めてしまった今だからこそ、危ない賭けではあるものの、大きなリターンがあると踏んでいるのだ。
「・・・なんだと・・・!?」
食い付いたようだ。それも、俺がハッタリをかました『裏側』についても知っている大物と見える。
「今の総会は信条こそ立派だが、指示が雑過ぎるとは思わないか?それなら俺が新たな参謀となり、あんたのような強者を持ち腐れない組織を作り上げなければならないとは思わないか?」
総会が信頼を置く、即ち総会の意志に強く賛同する相手なら、組織に敵対する者への反発は強くて当然、総会に不利な情報を聞き出すことは至難の業である。しかし、同業者ともなれば話は別だろう。仲間と認識されれば最後、俺はこの男から多大な情報を得られるという寸法だ。そして、運よく総会に参加し、裏側で役職を任された暁には、俺は第一騎士団長を縛るくびきを、根こそぎ叩き切ってしまおうではないか。
「・・・そうだな。・・・今の総会には、貴様、いや、貴殿のような切れ者が必要やも知れん。」
俺は見上げた空にのうのうと流れる雲に、背中後ろに回した拳の握りを強めた。
(さあ・・・・・・殴り込みと行こう)




