52話 害は利にしてしまえ
「・・・んで、騎士団対抗戦のチャンピオン様が、懲りもせずに小悪党追っかけてていいものなのかね?」
「それなら、私の視界に入ってこないでください・・・!」
「っはは、ひどい嫌われようだ。世間話くらいは、乗ってくれたっていいだろう・・・ッ!!」
第三騎士団の屋敷を去って自宅に帰った翌日の事、案の定俺は第一騎士団長に鉢合わせ、そして追われていた。しかし、総会と指名手配犯のどちらを調べるにしても、彼女との接触は非常に好都合ではあるのだ。あの赤髪の少女の事は、昨日アイリス団長から知る限りの情報を渡してもらったが、彼女は総会の裏の姿どころか、表向きな指示すらも把握できていない。だから、餅は餅屋という理に適った思考に則って、俺は理に適うはずもない奇跡、即ち第一騎士団長との偶然の鉢合わせ(それも三回目)を待ちわびていたのである。
「・・・そういや、お友達は呼ばなくていいのか・・・?かけっこの速い奴くらいは、連れてきてやったらどうだ。カイとか言ったか、俺はあの筆頭騎士も中々な野郎だと思うぜ?」
彼女は連日単独で街を徘徊していたようだが、その理由も含め、彼女から引き出せる情報は多く、そして重要だ。疑わしきは罰せよといった方針を取る総会の徹底ぶりからすると、不安の芽は若いうちに絶っておきたいとは考えているはずなのだ。それなら、俺を連日発見する彼女に部下の一つもつけないのは不自然なことなのである。そしてその理由に幾つかの候補が上がっているがために、俺はこうして回りくどい探りを入れているというわけだ。だが実は、俺という人間はこういった小細工が好物であったりはする。
「・・・確かに、信頼できる部下を同行させるのはいいかもしれませんね。ですがなんにしても、あなたを捕らえるには私一人で十分です。」
「──それに、部下が俺をぶっ殺しちまったら、あんたの寝覚めが悪いもんな?」
「ッ──!!」
「・・・っと、図星か。総会の指示を曲解しているわけでもあるまいに、あんたも意外と情に厚いんだな。ま、あんたがそんなだから調べてるんだが。」
総会からの追加命令は、現時点では特に出されていないようだ。俺が彼女から逃げ切った時点でなにか仕掛けてくると踏んでいたんだが、俺のあてが外れたのか、あるいは別の手法を取って来るのか・・・。それにしても、図星を突かれた時の、あの単純に悔しそうな表情。彼女はおそらく、案外駆け引きが苦手なタイプだ。不意打ちへの対応に関しては、その化け物じみた動体視力に頼りきっていたのだろう。だからこそ対策すべきは視覚と聴覚、そこさえ押さえてしまえば、
「・・・ほら、この通りだ。」
九十度強の曲がり角、狭い路地裏を威嚇歩で駆け上り、視覚外から強襲する。彼女の対応既に遅し、俺はもうバインドを発動し彼女を羽交い絞めにしていた。
「くぅっ・・・離して・・・!」
「・・・なんにしても一人で十分ってのは、一度でもとっ捕まえてから言うことだ、お嬢さんよぉ。」
そう言って暗闇に引きずり込む姿は、はたから見れば、いや、俺の視点から見ても不審者そのものである。しかし、彼女は王都の主戦力であって、善良な一般市民とはわけが違うのだ。小賢しい悪党がそれをねじ伏せたともなれば、少し拉致して話を聞くぐらいのことはあってよいだろう。と、俺は自分に言い聞かせることなど出来ないと分かった上で、心の内から湧き上がる心苦しさを誤魔化そうと努めた。
「んで、話があるんだが、今時間あるか。」
「っ・・・こんな状態で、話せるわけないでしょう・・・!!」
俺は膨大な罪悪感を胸に隠しながら、屈辱で顔を染め上げる彼女の腕を掴んだままに、首元の襟をそっとずらす。
「・・・そうか。そんじゃ、おやすみ───」
「──っ!!・・・・・・・・・。」
気絶させた彼女を、小さな段差の上に寝かせる。二枚目の毛布を掛けてやることもせず、俺はその場を立ち去った。ゆっくりと歩いていき、三つ、四つ角を曲がって、また歩く。
「ふぁぁあ・・・。流石に疲れたし、今日は帰って寝よう。」
五つ目の角を曲がった先で、俺はふと立ち止まって空を見上げる。長方形の額縁には、再び青々とした海が広がっている。影の黒さのおかげか、路地裏からの景色というものはどうにも美しいのだ。俺が今まで踏み鳴らしていた茶褐色の地面も、ここから見ると鮮やかさを増したように感じる。あそこに行ってみたいと心から思うのに、実際出ると何ともなくなるのはどうしてか。それなら、何処にいたって感興はないのか。問いかける表層意識に、俺は心底から笑みを浮かべて呟いた。
「・・・なに、単純な話だ。何も面白くないなら、何もかも面白くすればいい。そう思うだろう?───」
「──なッ!?」
「──総会から来た、刺客さんよぉ。」
影もない虚空に手を伸ばし、俺は再びバインドを発動する。
そう、害は利にしてしまえば、利でしかないのである。




