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51話 じっくりことこと治していく

王子に言われるがままに半日を過ごし、俺は結局夕飯まで頂いてしまう始末であるが、騒々しいほど愉快な歓談の席も過ぎ去り、食卓とつながった第三騎士団本部のバルコニーには、再びの静寂がやってきていた。しかし、豪華絢爛、そして何より温かい食事をとった後は、頬を打つ夜風も心地良く感じるものである。絵になる立ち振る舞いで手すりにもたれかかる王子は、俺との対面は五回とないはずだが、長年にわたり苦楽を共にした戦友と共有する静けさのような、少し生暖かい空気感を漂わせている。


「いやー、食べた食べた。それにしても、君が生きていたなんて本当に驚きで、僕はこの喜びだけで何日かは踊りあかせるよ。」


「その話、既に三回は聞いたぞ・・・しかし、あんたがあの時、俺の「死体」を護るために命を懸けていなかったら、それこそ一巻の終わりだったかもしれなかった。復活の王子様も、本当よくやってくれたと思うぜ?」


「この僕から王都を救った英雄にそう言ってもらえるとは、光栄なことだな。でも君の事だから、まだ余力を残していたんじゃないか?」


素朴な言葉の内に隠した意思も、この男にはそのままの形で伝わってしまうようだ。意識的かはともかく、彼の勘は鋭く、それでいて言葉は柔らかい。王の器というのは、まさにこういった者を指すのだろう。


「馬鹿言え。あんたがぶっ刺してくれた剣のおかげで、あのときゃ既に満身創痍だよ。・・・まあ強いて言うなら、落石に臓物の一つや二つくれてやった後、じっくりことこと治していく手段もなくはなかったがな。」


皮肉と共に笑みを返してやると、彼は心底嬉しそうに相好を崩してから、ふと怪訝な表情を浮かべて向き直る。


「そういえば、いや、そういえばなんてものじゃなく、僕はずっと疑問に思っていたんだが、・・・君は一体、何者なんだ?僕が斬り飛ばしたはずのその腕がすっかり治っているということは、あの呪いの効果は消えていないんだろう?それなのに君は、心を呪いに蝕まれる気配も見せず、平然と食事を楽しんでいたじゃないか。」


呪術が消えていないのになぜ平然としているのか、それは至極当然な疑問だ。本来なら斬ったそばから再生して化け物に変化していくような呪いで、現に顔も知らぬ総会の連中は、その疑いをそのままにしておきたくないために俺の命を絶とうとしているのである。


「それに、別に斬られて欲しかったわけじゃないが、あの暗闇の中で僕の剣を避け続けたことだって、僕は疑問が絶えないよ。」


だが、この男と総会の疑問点は同じであるにも関わらず、悪への拒絶のような、そういったものを一切込めないまま、その瞳は俺を貫くような鋭さを持ったままそこにあった。


「・・・・・・そうだな。・・・それなら一つ、賭けをしよう。」


俺はそう言って、長いこと右ポケットにしまっていた日本円を取り出す。


「これは、よくできた硬貨だね・・・。それなりに言語学を嗜んでいた僕も、こんな文字は見たことがないけど・・・これは君の故郷のものなのかい?」


「ああ。・・・植物の柄が大きく描かれている方を表として、一本勝負のコイントスなんてどうだ?あんたがこいつを弾いて、それが落ちる前に、俺が表か裏かを宣言する。俺が予想を外した時は、潔く種を明かそう。」


「勝率は半々か。・・・いい賭けだ、乗った。・・・それじゃあ、いくよ。」


数秒の間が開いて、ピンと音を立てて弾かれた硬貨が、闇と静寂の中に舞う。月明りを鈍く反射させるそれを見向きもせずに、俺は遠くの景色を眺めながら言った。



「・・・・・・裏、だ───」


──心地良く長鳴りする金属音。ちょうど手すりの上に落下したコインは、一度、二度跳ねてから回転をやめ、ついにはその場に留まって制止する。



「これは、一本取られたみたいだね。」


「・・・そうだな。今夜は大人しく、我が家で眠りにつくこととしよう。」


手すりに飛び乗った俺は、ポケットに両手を突っ込んで、夜風吹く方角を横目で睨んだ。


「もう、いってしまうんだな。」


「ああ、機会があれば明日にでも、会いに来させてもらうだろうさ。」


姉妹のように親密な間柄になっていたミニっ子と雨宮、危なっかしくて見ていられないような茶髪紅眼の団長と、呪術から完全に切り離された王子。できる事なら俺は、澄んだ瞳をする彼らと共に歩んで、団長の選んだ第三騎士団員のために尽力したいと願っている。しかし、彼女らのために今、俺ができることと言えば、俺の願いとは真反対の事柄なのである。厄災もたらす疫病神に残された最後の選択肢は、愛する人々の元を離れることのただ一つなのだ。


「騎士団対抗戦・・・あんたも出るんだろ?団長やらあいつらの事、よろしく頼むよ。・・・・・・それじゃ、達者でな。」


俺に裏を向けたままの硬貨を置きざりにして、その手すりを飛び降りる。暗闇に飛び込む感覚は俺にとって、もう既に慣れ切ったことだったのは、間違いのないことだった。




こうして、来るべき日に備える王者の一ヶ月、雪辱を果たすべく修行する挑戦者の一ヶ月、人となるべく暗躍する疫病神の一ヶ月が幕を開けることとなる。

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