4話 食料を出しやがってください
「・・・昨日はどうもすみませんでした。」
「ごめんで済んだら・・・・・・騎士団は要らない!!!」
俺を睨む第三騎士団長様は剣を引き抜き、今にも襲い掛かってきそうだが、周りに別の兵はおらず、ばったり会っちゃったから仕方なく、というようなノリなのだろう。
「その騎士団をおいて、一人で来ちゃったんですか?お嬢さん。」
「・・・良い度胸ね。私一人で下級兵千人にも勝るってこと、教えてあげる。」
「・・・攻撃力も防御力も自分より強い相手に、どうやって勝つか知ってるか?」───
──俺は一目散に逃げだした。
ステップを意識しながら全力疾走すると、案の定全く疲れない。貧民街であるこの街はかなり入り組んでおり、衛兵に見つかる可能性も低いだろう。
「っ、ちょこまかと!!」
彼女は俺より遥かに速いステップで距離を詰めてくるが、移動距離が遠いだけあって狭い路地では使いにくく、連続して使うのも慣れていないようで、そろそろ振り切れそうだ。しかし、わざと速度を落として、会話を試みる。
「もう更生したって言ったら、信じてくれるか?」
「信じるわけないでしょ!?さっさとお縄につきなさいっ!!」
それはもうカンカンのご様子だ。が、会話に応じてくれるだけあって、やはり甘い。
・・・
相手の動きが鈍くなってきたようだ。・・・次の角だな。狭い路地裏から抜けて、勢いよく右に曲がる・・・素振りを見せてから、死角で立ち止まる。
「よっ───」
「──きゃあっ!」
走ってきた第三騎士団長を足で躓かせると、盛大に転んでくれた。圧倒的な力を持っていようが、やはり疲れているとどうにもならないのだ。魔法でも発動されたら普通に危ないため距離を取っているが、団長が動く気配はないようだ。
「俺まだピンピンしてるけど、どうするよ」
『スキル弱化』のことはまだ彼女に知られていない。俺は向こうにしてみれば、何故か走っても体力が切れないし、魔力感知にも反応しない意味不明な奴、という認識になっているはずだ。泥沼になって得をするのは俺だし、彼女は撤退を選ぶのが自然な流れだが・・・
「・・・わた、しはっ!!みんなを守る存在にっ!!」
まだ立つか。既に体力は残っていないだろうに、ひきつった表情を見せながらご立派なことを口走っている。俺を追うことに関しては『みんなを守る』の範疇を少し外れているようだし、明確に感情が昂ったままでは、俺を捕獲することは不可能だろう。
「・・・持久戦になった時点で俺の勝ちみたいなものだった。・・・どんなに立派な目標があっても、焦るとなんもできないぞ、ほんとに。」
「・・・アドバイスのつもり?」
「前半はヒント、後半は体験談だ。というか、アドバイスなんていらないだろ、あんたは。本気で捕まえようと思えば、障害物になる家なんか吹き飛ばしちまえばよかったはずだ。それをしないのがあんたの流儀でも、悪党を取り逃がしてたら世話ないぜ。」
移動スキルも常識を覆す性能を有しているのだから、戦闘の訓練を受けた兵士千人を超える人物の攻撃スキルは、家屋を軽く崩壊させる力を持っていて当然だ。彼女がその力を振るわなかったのは、良心が邪魔をしたからで間違いないだろう。
「・・・次は絶対捕まえるから。」
諦めてくれたようだ。早々に立ち去るのが賢明か・・・いや、今の俺は指名手配犯だったな。俺は邪悪な笑みを浮かべつつ、横を歩いていた幼い少女に声をかける。
「・・・かくかくしかじかなんだが、どうだ?」
「分かった。いいよ。指名手配のお兄ちゃん」
・・・子供にも知られているのか。懸賞金がかかっていたらたまったものではない。が、まあ今は良い。合意も得たことだし、食料調達に勤しむとしよう。
「第三騎士団長様。今この子を人質に取っているので、この子の命が惜しければ食料を出しやがってください。」
「な、演技もほどほどに───」
「──ガチだったらどうするんだ。この子が死んじゃってもいいなら良いんだがな。それとも、俺が善人だと思っているのか?だとしたら、なんで追ってくるんだろうねー」
「ねー」
───────
ノリのいい子供のおかげで、俺は食料十日分と収納鞄、その他雑貨を多数拝借できた。食料はあの小さな女の子と山分けしたため半分になったが、それでも十分な収穫だ。
第三騎士団長に見つかったのは本当に偶然なので、思わぬ事態に肝を冷やしたが、結果オーライと言える。特に収納鞄の恩恵が絶大で、物理法則を無視した収納量には歓喜したものだ。
可愛い顔を真っ赤にして怒っていた第三騎士団長(面倒だから以後団長と呼ぶことにしよう)に思いのまま質疑応答をしてみたが、やはり俺を見つけたのは偶然で、魔力感知に反応がなかったらしい。今後も安心して逃亡生活ができると思うと、嬉しい限りだ。
・・・で、ステップを多用したためか、移動系スキルの派生が増えている。他のスキルも使っていれば増えるだろうか。あの団長が兵士千人を凌駕すると自負していたのが本当で、対策でも練られたら本当に捕まってしまうからな。増やせるだけ増やしていきたいところだ。
「あぁ・・・、空青いな」
俺は快晴より雲が少し残った晴れの方が好きだ。
知らん顔の晴天に、ただそう思った昼下がりだった。