45話 全部取り戻させてもらう
風が冷たくなる。
「赤髪赤眼のガキが、・・・凶悪な通り魔だと・・・・・・?」
「信じがたいだろうが、本当の事だ。半殺しにされて恐怖を植え付けられたと、既に多くの被害者が証言している。」
夜は闇を増し、脳裏に浮かんだ少女の顔が、その暗がりに吞まれていくようだ。
「冗談、・・・じゃあないな。」
「ああ。」
あれほど特徴的な容姿をしている奴は、彼女の他にはそういないだろう。身のこなしの軽さ、幼い見た目に反した筋力、どの切り口で考えても、彼女がそうでないと示す合理的な理由を見出すことができない。俺が今の今まで食卓を共にしていた少女は、目の前の信頼に値する騎士が言い表した犯罪者の姿を、寸分違わず映し出していた。
「死人は、まだ出ていないのか。」
逃げ道を必死に探しながら、ようやく口から出た言葉がこれであるわけだが、死人を出していなかったところで、その邪悪に大した差は無いということを、俺は多分、十分に良く知っていた。しかし、そうでもして正当化させようと思う程に、パンを頬張ったあの顔は無邪気に、文字通り無邪気に見えたのだ。血染めと言われるようなあの赤い瞳は、曇りのない宝石に見えていたのだ。
「大丈夫だ、死人はまだ出ていない。」
少しだけ都合の良い答えを聞いて、やはりここで安心するべきではないと理解した。死人がまだ出ていないこと、そいつは重要な事柄のように思えていたが、実のところ大した意味を持たないようだ。悪意が存在してしまった時点で、本当に残念なことではあるが、悲劇は既に起こってしまっている。現実、ましてや過去に起こったことはどうしようもなく、願うべきは潔白でなく改心、動くべきは今なのだ。
そう思った所で、下に見える騎士は表情を新たにし、上を向いて、兜から鋭い眼光を覗かせた。
「・・・・・・だからこそ、俺はその犯人を見つけだして───」
ああ、俺達は一刻も早くそいつを、
「「──止めなくっちゃあならない。」・・・ってな。同感だ、起こった悲劇を存分に悔やみながら、全部取り戻させてもらうとしよう。」
零れ落ちた牛乳、盆に返らない覆水。悪いことは、既に起こってしまっている。生きている限り、醜さは人にぶら下がって離れないということは、どうしたって認めるほかないのだ。
・・・それなら俺はどうする。悔やんで死ねば善人か?気にせず生きれば幸せか?それについての回答はノーだが、もう答えは得た。
被さった言葉に驚きつつ、彼は声色を少し柔らかくして言う。
「驚いたな。街灯の上に着地した時点で只者じゃないことは分かっていたが、君は一体何者なんだ?もしかして君も、俺と同じ騎士なのか?」
「・・・まさか。俺があんたと同じ立派な騎士に見えるか?称号どころか、騎士道すら持ち合わせちゃいねぇよ。まあ騎士道に関しちゃ、あんたほどのを持ってる野郎はそういないだろうがな。」
「ははは、俺も高く見られたものだな。騎士として君を護るためには、もう少し励んだ方が良さそうだ。」
街灯の真上にできた暗がりにいる俺を、騎士は光に照らされつつもしっかりと見据える。こちらの表情は良く見えていないのだろうが、俺達が同じような笑みを浮かべていたことは、おそらく互いが理解していることだろう。
「君の名前を聞いてもいいかな。俺はカイ=ムラサメ、第一騎士団で筆頭騎士なんかやらせてもらっているが、どこにでもいる、ただのお節介焼きだ。」
誠実さを芯から見せた彼に、俺はその場でしゃがみ込み、暗がりから喉元だけを出すようにして答えた。
「俺は・・・そうだな、そういや最近、愉快な仇名をつけられたんだった。この王都での俺の呼び名は、あーそうそう。・・・『悪食の死屍鴉』だ。」




