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43話 悦楽に浸るとしよう

「あたしには分かる・・・あんたがパンを盗んだのには、別の理由があったはずなんだ。」


「・・・ほう、言ってくれるじゃないか。」


「獣人族の勘をなめるなよ・・・自分だけ良ければいいような野郎は、汚い目をするもんだ。あんたは今、一度もそんな目をしなかった。」


彼女は何かを確信している様子で、警戒すべき相手である俺にグイグイと距離を詰めてくる。焚火の傍らには、色あせた紙にくるまれたパンが二つ置かれており、彼女は両手を瓦屋根について、四つん這いの状態で俺に覆いかぶさった。


「それに!!あんたも損したってのに、ちっとも後悔してないだろ。隠し事してないで、さっさと答えろ!!」


幼い見た目からは想像できない程に強い力で、彼女は俺の両肩を押さえつけている。仰向けになって月を見る俺の視界はやがて、下から這い上がってきた少女の顔で埋め尽くされてしまった。月明りに照らされた赤は鮮やかに輝き、影の内側は淑やかな空気間を漂わせる。


「・・・言い訳になるから、言わなかったってだけだ。・・・わざと人目のつくところで盗んで、その真価に気づかせようなんて目的はな。」


「言い訳、って・・・!あんた、そんな事ばっかりやってるから追われてるんじゃないのか!?ふざけんな、いいことした奴が嫌われるなんておかしいだろ!?」


彼女の必死な表情からは、嘘偽りの気配は感じ取れない。どうやら彼女も、矮小な俺が持った微かな良心のために怒りを燃やすような、美しく非合理的なお人好しのようだ。


「・・・盗みがいいことになるって?」


「場合によっちゃあな。」


「・・・っはは、同感だ。こいつは一本取られたみたいだな。・・・今晩は、いい夢が見れそうだ。」


俺がそう言うと、彼女はニッと口角をあげて笑い、ようやく俺から離れてくれたようだ。俺は彼女が掴んでいた肩を回した後、置いてあった思い出の品を取って食べる。


(今回は大人しく、いいことをした悦楽に浸るとしよう。)


俺の隣で懸命に顎を動かし、こちらを警戒する様子が全くない彼女を見て、俺は小さくて幸せな笑みを浮かべた。

不本意に人命救助を行った悪魔は、天使か悪魔のどちらだろう。


というのは、あのパン屋を繁盛させただけの俺は『いいこと』をできているか、それを考えるために立てた抽象的な疑問である。


・・・確かに、俺の起こした騒動によって店はより繁盛したかもしれない。しかし残念ながら、いや、当然ながらというべきか、それだけで善人に成れるほど、世界の仕組みは浅いものではないだろう。店を繁盛させるのはもちろんのこと、もはや人の命を助ける事ですらも、目的を達成することだけで言えば、『金』というマテリアルが最適、そう、最も適しているのだ。極端なことを言ってしまうと、命も笑顔も金で買える。『金こそが正義』というセオリーを肯定する場合は、その辺の一般人がどれだけ美しい正義を持ったところで、性格の悪い大富豪と比べてしまえば何の価値もない、という事になり、否定する場合、それによって手に入れることができるもの、力も権力も財力も人命も人々の明日も一瞬の喜びも、全て等しく大したものではない、という事になるわけだ。つまり、良心か人命のどちらかは必ず、ほぼほぼ価値のないものなのだ。・・・それならば、俺はどちらを優先しようか。少し迷ったが、俺が選ぶのは良心だ。人命自体の価値は、俺にとって取るに足らないものとすることにしよう。


俺の世界で大事なのは、人命救助ではなく、助けたいとか喜ばせたいとかいう、人が一人で抱いた感情だけである。・・・俺の世界の基準は、感情論で片を付けよう。


よって、人命救助を行った悪魔は、その意思がなかったために、紛れもなく悪魔である。


よって、あのパン屋を少しだけ繁盛させた俺は、助けたいと思った感情、即ち愛の分だけ、『いいこと』をできている。


・・・結論を出そう。

俺が愛を持てていたかどうかを判断できない俺には、俺が『いいこと』をしたかどうかは、分かるはずもないということだ。

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