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42話 だんだんと麦の味がしてくる

「・・・あんた、気にならないのか?」


「あ?」


「だから・・・!・・・その。」


彼女は小さくはねた赤髪を指でつまんで、斜め下を向いたまま歯切れ悪く話した。


「あたしの顔とか、髪の色とか・・・・・・みみ、とか。」


頭頂部の耳をパタリと倒しているが、あれは不安寄りの感情を表しているのだろうか。自分の見た目について気にしているようだが、此処で暮らす人間の容姿は俺からすれば、皆等しく見慣れないものなのである。それゆえに俺は、ただ思うがままに感想を言うことの他に何もできないのであるが、そもそも気になるかどうかを聞かれているのだから、それにそのまま答えるのが筋なのかもしれないとも思いつつ、やはり彼女が悲しむような返答をするべきではない、とも思っている。



「・・・そうだな。・・・尖った八重歯に目と髪の赤、そして無駄に動く耳。俺にとっちゃ珍しいものばかりだ。その上で言わせてもらうとするなら・・・」


歯切れが悪いのは俺に対しても言えたことのようだが、固唾を飲む彼女の頭上にある耳がふるふると震え出したのを確認すると、俺の中にぼんやりと浮かんでいたイメージはようやく、誤魔化しようのない確信に変わった。


「──全部チャームポイント以外の何物でもなく、気になるか気にならないかで言えば、もちろん気になる、といった所か。」


「んなっ──!?」


可愛いから気になると言っているようなもの、というより、もうそう思ってしまっていたことを遠回しに言っただけなんだろう。やはり俺という人物は、こういった質問に気の利いた返事を返すことに向かないらしい。


「・・・ああいや、気になると言っても、それに対してどうこうするつもりは全くない。・・・本当に悪かったと思っているから、どうか忘れてくれ。というよりは、俺は無神経な人間だと覚えておいてくれ。」


「は、はぁ!?何言ってんだかわかんねーし!!・・・っていうか、いみわかんねーし・・・。」


「・・・まあ、なんだ、俺が気にしようが気にしまいが、お前はそんなこと気にしなくていい───」


「──こんがらがるから!!いみわかんねーって言ってんだろ!?」


「・・・悪い。」


俺の不手際によって、またも意味不明な雰囲気が出来上がってしまったようだ。黙った俺が後悔と反省と思考のために脳を酷使していると、彼女はやけくその様子で歩いていき、火にくべられていた芋を手に取ったかと思えば、それをどんどんと食べ進めていった。


「もういい、考えるのやめる!!」


「・・・そいつは名案だ。ちょうど俺も、その芋を挟んだパンを持っていたんだった。」


鞄から取り出し、彼女に警戒させないよう気を払いながら隣に座る。むしるように噛みちぎると、彼女は黙ったまま、それこそ食い入るように、こちらを凝視していた。



「・・・俺がねぐらにしてた貧民街に、小さくてぼろいパン屋があった。そこはそれなりに繁盛していたようなんだが、生地が硬くて見た目が不格好、そのくせ値段が高いのが一種類あって、それだけがしょっちゅう店の裏に捨てられていた。・・・そういう事ならと思って、俺はそれが捨てられる度に拾い集めてみたんだが、こいつがビックリ、見た目よりずっと美味いんだ。」


遠くの星を見ながら、俺は貧民街での、それこそ一ヶ月にも及ばないような暮らしの記憶を想起して続ける。


「無駄に硬い生地を噛み続けると、だんだんと麦の味がしてくる。それはもう、涙が出るほど美味かったよ。毎日売れ残っているものを、どうしてこうも店に並べるのかと思っていたんだが・・・こいつは店主自慢の力作だったってわけだ。・・・・・・というわけで、毒殺が心配ならいいが、お前も食うか?」


彼女の頭上にある耳は、つい先ほどから、やけにそわそわした様子で動いていた。半分に裂いたパンの反対側を差し出すと、今度は一度ピンと立った後、どうやらその動きが活発になったようである。


「・・・ん。」


少し照れながら受け取った彼女は、その硬い生地に噛みつき、懸命に噛み千切ってしばらく咀嚼した後に、やはり俺の期待通り、満足げな表情を見せた。


「美味いだろ?」


「・・・ん。」


「それで、そいつがあまりにも美味いものだから、俺はとうとう我慢できずに・・・そのパンを盗みに行った。」


何も言わないまま、彼女は横目でじっと俺を見つめる。俺は頭の後ろを左手で掻いて、眉を下げて笑った。


「パン屋の店主は、それはもうカンカンに怒って、遅くて追いつけやしないと知りながらも、必死に俺を追いかけたよ。・・・だが俺は懲りずに、それから毎日一つずつ、そのパンを盗んだ。店主が怒鳴って俺を追いかけ、逃げ切った俺は次の日また、そのパンを一つ、盗む。毎日毎日、俺は盗みを繰り返した。」


吸い込まれるような紅の宝玉をのぞかせる彼女は、まだ黙ったままだ。俺は少し息苦しい感覚を覚えながら、それでも止めてはならないような気がして、その話を続ける。


「・・・そうしたらどうだ。俺の悪事に対する天罰のように、そのパンの人気は破竹の勢いで高まり、ついには売り出されたそばから完売するようになった。一つ残らず売れるものだから、愚かな俺はもうパンを盗むことも、捨てられたパンを拾うことさえもできなくなってしまったわけだ。」


なぜ自分が、目の前の小さな少女に向かって自業自得の体験談を口走っているのか、俺にはよく分からなかった。しかし、俺は気づけば、懺悔するように自らの悪事をさらけ出してしまっていたのである。


「・・・そんなバカげたことを積み重ねて、俺はいつの間にか、変な仇名のついた大悪党に成り下がっていた。・・・悪食の死屍鴉と書いて、ブラックリリーなんて読みやがる。・・・格好悪いだろ?格好悪いこの俺にピッタリな、しょうもない名前だよ。」


俺がここまで言い切ったところで、真剣な顔をして黙り込んでいた彼女は、ついにその口を開いた。



「──いや、それはちがう。・・・あんたは、格好悪くなんかない。」



少女が放った一言に、俺は自分の心臓が跳ね上がったのを、その瞬間確かに感じ取った。

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