40話 ちょっと余裕がなかった
「・・・この前は悪かった。ちょっと余裕がなかったんだ。」
「・・・いえ、上手くはめられてしまったこと、私も少し反省しました。」
「っはは、随分と勤勉なことで。・・・大衆の面前で貶めるような真似をしたんだ、あんたが怒るのは自然な流れだとは思うけどな?俺は。」
桃髪蒼眼の第一騎士団長はこちらを睨むも、敵意のない声色で答えた。
「っ──。それについても度し難いと思っていますが、そっちじゃありません・・・あれは全部、第三騎士団長とあなたをはっきり区別させるための発言だったのでしょう?あなただけが悪目立ちすることで、逆に彼女へ悪評が波及されるのを防ぐ目的・・・私はまんまと、その駒使いになってしまったようですね。」
正直言って想像以上、どうやら第一騎士団長は相当な切れ者のようだ。「御託を並べるだけの役立たず」と彼女は言ったか、俺はそれを演じ切ったつもりであったが、彼女は理知的に解釈を改め、そして俺の策略に気づいている。
「・・・冷静沈着、第一騎士団長の名は伊達じゃあないようだ。俺を買いかぶってくれるのは嬉しいが、あの兵隊を下げてから言って欲しかったな。」
「どうして呪術の効果が弱まっているのかは知らないが、手遅れの化け物になる前に殺しておこう、というのが総会側の判断です。騎士団は総会の下で動いているため、あの兵士たちがあなたを追うのは仕方のない事なんですよ。・・・まあ表向きには、殺人と王宮の器物破損という罪状になっていますが。」
第一、第二騎士団からすれば、『王都総会』の判断は絶対のようだ。「悪食の死屍鴉」なんて馬鹿げた名前が当然のように使われているのもそのためだろう。
「・・・へえ。で、あんたもその合理的な議決に従って、悪者の俺をやっちまおうって腹か?」
「・・・その通りです。」
見上げると、ちょうど正午に差し掛かった石畳の坂路、青々として雲を光らせる空の下で、第一騎士団長は淡い桃色の髪を風になびかせながら、その蒼い瞳に確固たる何かを宿して言った。
「私は私のために、ここであなたを殺します・・・!!」
鉛のように重い言葉が俺の心臓にのしかかった直後、彼女は既に引き抜いた剣を握り、驚くほど素早い動きで襲い掛かる。
「・・・そうか、よッ──!!」
俺は踏み込んでいた足を弾き、横目で確認していた路地裏に駆け込んだが、彼女の動きはあまりに速く、そして鋭かった。木の柱を掴んで屋根に跳び上がるも、彼女は地上から一蹴りでそれに追いついてくる。俺が入り組んだ地形をあらゆる角度に移動し、目まぐるしく揺れる視界の中で必死に逃げ回っているにも関わらず、彼女はいつの間にか、当然のように背後を取っているのだ。その尋常でない素早さと殺気は、俺の生気を確実に奪い去っていった。
「分からないな・・・!アンタそれだけ優秀なら、どうして総会の判断なんぞに身を委ねてる・・・それがあんたのためだとは、到底思えないんだがッ・・・!!」
「ッ──!!・・・うるさいんですよ、あなたは・・・!!」
家々の屋根を飛び回る俺を追うその足を、第一騎士団長は更に加速させる。彼女が初めて見せる感情的な声の内には、相手の心を無条件に揺さぶるだけの何かがあるようだ。
「なにがそこまで必死にさせる・・・総会の判断ってのは、そこまで大事なものなのか・・・!?」
「・・・私にとっては、従わなければならないものです。・・・従わなければ・・・!」
機敏さを保ちつつも、その動きは心なしか単調気味になってきている。ようやくほんの少し余裕ができた俺は、彼女の内情を探るように口火を切った。
「あんたが冷静さを欠くほどの何かが・・・総会にあるんだな?」
「ッ───!!!私はただ、自分の正義に従っているだけ・・・それだけですっ───!!」
瞬時に距離を詰めた第一騎士団長は、刀身の細い剣を大げさに振りかぶる。
「はぁぁっ!!」
「──遅いッ!!」
瓦に左手をついてしゃがみ込み、頭上をかすめていく剣を確認すると、俺は即座に右手を伸ばし、剣を振りぬいた彼女の手首を掴んだ。
「なっ!?」
「──エクス・バインド・・・!!」




