39話 駆け回ってみることだ
「右腕・・・もう動くようになってやがる。呪術と言いポーションと言い、都合よく治ってくれて助かるよ、本当に。」
英雄アイリス=ミリオンが王都に帰還して数日が経ち、呪術の一件で混乱に満ちていた王都は、徐々にその活気を取り戻していった。王都を呪いの危機から救った第三騎士団長は、邪竜討伐の栄誉も含めて『王都総会』から表彰され、第三騎士団の株は大いに高まったらしい。救い出された隣国の王子は、戸籍上既に死亡したものとされていたが、メモや雨宮と共に第三騎士団員として雇われ、安全かつ優雅な暮らしを送っているようである。
・・・そして、王子から呪詛の根源を取り除いた俺はと言うと、
「──いたぞ、『悪食の死屍鴉』だ!!」。
「区画ベータにて悪食の死屍鴉を発見、直ちに包囲網を敷け。」
「逃がすか、追え!!」
『王都総会』が執り行う首脳会議の議決で愉快な仇名を付けられ、大罪人として騎士団総出で追われているのだった。
「・・・はぁ。急にどうした、王都救出の感謝状でも届けに来たか?」
第一騎士団長に悪印象を持たせてしまったことで、俺についての審議が早急に行われ、そして今に至るのだが、前途多難というべきか、まあ自業自得ではあるのだが、俺は抜けるような青空の下、街道を駆け抜けながらため息をこぼす。
「バインド!!」
「よっ──。っと、危ないな。」
そもそも『王都総会』というのは、第一、第二騎士団と一部の権力者によって構成される、王都の政府のようなものである。ここで俺が初めて知ったのは、『団長』率いる第三騎士団は名前こそ同列に扱われているが、第一や第二とは全く勝手が違う、非政府組織であったことだ。言うなればボランティア団体のようなもので、それ故に政府公認の自治組織である二つの騎士団より劣ったものとして扱われていたらしい。
簡単に言うなら、たった今俺を熱心に追いかけているのは、総会直属の第一、第二騎士団という政府の犬だ、ということである。
「クッ、何故当たらん!!」
「狙いは悪くない。・・・っはは、相手が悪かったんじゃないか?」
呪詛の根源を持っている俺を生かしておくのは大変に危険だと、そういった総会側の判断によって俺はこの状況下に置かれているのだろうが、英雄を殺処分するのはどうにも都合が悪かったらしく、表向きには、茶髪紅眼の第三騎士団長が王子の解呪に成功し、蘇った王子と共に憎悪の邪竜を討伐したことになっている。そのため、俺は殺人の上に王宮荒らしを行った犯罪者という表の顔と、厄災を引き起こす大逆人という裏の顔を持っていることになるわけだ。つまり、誰が見ても極悪人、ということである。
「それにしても、『悪食の死屍鴉』ね・・・いいセンスしてるよ、国家権力のお兄さん方。」
入り組んだ路地を縦横無尽に駆け回り、俺は物陰に隠れてからそう呟く。呪詛を喰らって死んだはずで、それでも生きているから『悪食の死屍鴉』だそうだ。団長によると、王都に潜伏する重罪人には、その特徴を表すニックネームがつけられるらしい。そのような仇名がつけられたら最後、徹底的に騎士団が動くのだ。そんなわけで俺は、貧民街の人々に気を遣い、建物が頑丈な関所付近に移動せざるを得なかったのである。高低差が激しく追手を撒きやすい構造の場所を選んだはいいものの、流石に土地勘がないとどうにも楽に立ち回れず、追って来る兵隊の数も多いわけで、逃亡は相当に厄介なものに変わっていた。
「悪食の死屍鴉発見。・・・もう逃げ場はないぞ。」
俺に休む暇を与えることなく、高さのある居住施設に挟まれた坂路は、一瞬にして包囲されてしまったようだ。甲冑の兵士たちは人ひとり通り抜ける隙も作らぬように並び、俺の前後をぎっしりと塞いでいる。
「マニュアル通りで興ざめだな。そんな事じゃ出世も遠いんじゃないか?・・・なぁっ──!!」
傾斜の激しい坂路、奇襲するなら当然下向きだ。俺は石畳を駆け下りて跳び上がり、向けられる退屈な槍どもを躱しながら、宙を舞う身を捻ったままその柄を蹴り飛ばす。体勢を崩した甲冑ののろまに反応できる隙も与えず、俺は目の前の鉄くずを好き放題に倒し続けた。そうして出来た鉄塊の山から盾を拾い、坂を下りてくる兵士に低い体勢で突っ込む。やはり鉄の防具は重たかったようで、動きの鈍い鎧どもはバタバタと倒れて行った。
「・・・あーあー、性懲りもなく質量攻めなんかするからだ。人々を護りたいんなら、乱暴な一般人に翻弄されてちゃいかんだろうよ。まずは安心できるその鎧を脱いで、広大な原っぱでも駆け回ってみることだ。」
何様のつもりだと聞かれればどうしようもないような助言をはき捨て、俺はがら空きになった坂路を走る。
そして・・・そういった雑事があった後、遂にそいつは現れた。
「──やっと見つけましたよ、『悪食の死屍鴉』。」
俺が関所で煽り散らした『総会側』の実力者、桃髪蒼眼の第一騎士団長である。




