3話 試食が食べ放題って訳か
さて、転移早々追われる身となった俺だが、たどり着いたのは王都内部にある貧民街の一角、暗くて狭い路地裏だ。
「・・・このままいくと、見つかるだけでゲームオーバーだな。逃走も視野に入れて、目標は隠れ鬼ってとこか。」
見つかる危険を考えると、安定して動けるのは夜、それも見通しが悪いところだけだ。絶対安全なはずもなく、GPSに準ずる魔法があればさらに危険で対策の取りようがない。一刻でも早く逃走手段を確立するべきだろう。
物資調達、と思ったがめぼしいものは何もなかった。縄や布でもあれば、もうやりたい放題だというのに。
街道に一瞬顔を出すと、俺の顔がしっかりと描かれた手配書があちこちに、それも大量に貼ってある。
誰かに写真をとられた覚えはなく、顔を映し出すような魔法かそれと同等のなにかがあることは確実だ。加えて、俺が町から出ていることを考慮していないとすると、王都からの脱出はほぼ不可能と考えた方が良いのだろうか。
当分は隠れて暮らすことになるかもしれない。それなりの覚悟を決めた俺は、今更ではあるのだが、ようやく一番の疑問点に触れた。
「頭ン中に技が浮かんできてるのは、頭が狂っちまった訳じゃあないだろうな・・・」
実を言うと、こっちに来てからずっと、スキルのイメージが頭を回っている。というか、効果まで全てを覚えている状態だ。このスキルたちは、全て習得していると言ってよいだろうか。
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火属性:火術……物体に引火しにくいが、火を発生させる魔法
水属性:水術……すぐに消えるが水を発生させる魔法
氷属性:冷術……一時的に物体を冷やす魔法
土属性:土術……触れている土の塊を変形させる魔法
風属性:風術……発動が遅いが風を発生させる魔法
雷属性:未習得
光属性:未習得
闇属性:未習得
無属性:収納、魔力感知
格闘:殴打、ステップ、筋力強化
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この世界に存在する『精霊』と呼ばれる概念、そいつが作用して技が発動するみたいだ。魔法やら格闘スキルやら、やたらと区分分けされている・・・という情報が、既に頭の中にある。それがこの世界の常識なのだろう。
どれだけ使い物になるかは、やはり試すしかないのだが・・・
「魔力感知・・・ね。」
魔力感知は、周囲の物体やスキル発動時の魔力を感知するスキルである。俺が使う分にはいいが、この技が基礎的なものであることが問題だ。
俺を追っているであろう相手方もこいつを覚えていると考えると、魔法を使った瞬間俺の位置情報は相手に伝わってしまう可能性が高い。とはいえ、魔法を使わずに立ち止まっていたところで、状況は悪化するだけなのは確かだろう。
「慎重かつ・・・大胆にいかせてもらうぞ」
魔法を試してから、すぐに立ち去るとしよう。正面に手を差し出し、イメージを固めるための魔法名を発声する。
「・・・火術。・・・・・・・・・」
物体に引火しにくいが、火を発生させる魔法・・・のはずだった・・・はずだ。
「火術・・・火術。」
・・・俺の場合、指先から煙がでて一瞬で消えるだけの魔法のようだ。
「・・・水術・・・冷術・・・・・・風術。」
俺の場合、指先から水が一滴垂れて一瞬で消えるだけの魔法と、冷えていることを確認できない冷やかし冷却魔法と、そもそも発生しない風の魔法のようだ。
『転移特典』の影響で、間違いないだろう。『スキル弱化』といったか・・・そいつのせいで、俺の魔法らは魔法のように儚いものになってしまっているらしい。
「どこまで行っても、普通の生き方はできないらしい・・・。」
どこぞの天使が異端児がどうとか話していたようだが、異質は善足り得るだろうか。
(まあ、知ったことではない。)
「・・・やってみるさ。」───
──まず、俺の身体に魔力が通っているのかが気がかりだ。感覚的には、変わったところは何もない。
「・・・魔力感知。・・・・・・なるほどな」
周囲の魔力を感知する、というアバウトな技は、射程距離ほぼゼロ、感知量ほぼゼロの貧弱技に変わり果てていた。しかし、転がっている石の魔力すら分からなかったが、感知できたものが二つだけある。
俺と俺のスキルだ。
どこに使っても[わからない]というイメージだったものが、自分の肌に触れた時と、スキルを発動したときのみ、[ない]というイメージに変わる。
この技が正常に動いている限りは、おそらく俺の体内に魔力は存在しておらず、俺と俺のスキルは、魔力感知に引っかからない。
魔力感知に見つからないのは、十分長所になり得るだろう。先の心配は杞憂に過ぎなかったようだ。じっくりと技を試すとしよう。
───
物を異空間にしまっておける超便利スキルと思われた収納は、小石一つ分の大きさが限界のようだ。
筋力強化は・・・何も変わらなかった。が、有益な情報だ。
筋力強化の効果が激減しても、筋力が衰えることはなかったことから、効果が逆転することはないと考えられる。
数値で例えるなら、筋力を百上昇させる技は、増加の値がほぼゼロになるが、マイナスになることはない、という仕様なのだろう。
「最後はどう来るか・・・、ステップ───・・・・・・。」
通常より速い動きで移動するスキル、ステップを意識しながら足を踏み込んで跳ぶが、これは驚いた。いつも通りの跳躍と、何も変わらないのである。
「・・・こいつはつまり、そう言うことなのか。」
スキルは例外なく魔力のみで発動される。精霊が勝手に発動してくれているからだ。それは間違いない。
そして、俺には魔力が無い。無いにもかかわらずスキルが使えている。これもおそらく間違いない。
体力を一切使わずに発動するステップは、魔力を持ち合わせていない俺に使えているのだ。
「とどのつまり、試食が食べ放題って訳か・・・。」
そうして試食が食べ放題なことが発覚した俺の前に、そいつは現れた。
濃い茶髪を肩まで伸ばし、瞳の赤が煌々と燃えて俺を睨んでいる。
王都の皆さんはご存じ、第三騎士団長様だ。
「・・・昨日はどうもすみませんでした。」
「ごめんで済んだら・・・・・・騎士団は要らない!!!」