37話 生きようと思った
「・・・しっかり痛かったし、呼吸が止まった後は正直、死んでもいいかなと思っていた。」
思い出したくもないのは、呼吸が止まった時の精神状態である。切羽詰まるというのか、息が詰まると言うべきか、なんにせよまともな思考はできず、その中で特につらいのが、自分がまともな思考をしていないことだけは鮮明に分かっていたことだ。さっさと痛みから逃げたいと思うことは、それがヒトの持つ防衛本能だったとしても、人としての理性を失わせる原因となる。自分が目先の快楽を求めるようにできていることを知りながら、それに抗う術が浮かばないという状況は、相当にあの時の俺を苦しめていたわけだ。
「・・・けど、あんたに言われてようやく、俺も少し分かったよ。」
俺は団長を横目で見降ろしてから、再び照らされた岩肌に視線を戻した。
「優しい言葉は、多分シンプルでいいんだ。・・・綺麗な言葉で飾るのも楽しいが、あんたの口から『起きて』と一言聞いただけでも、俺は生きようと思った。」
結局、無いものは伝わらないし、あるものは伝わるのだろう。俺は今まで円滑な伝わり方を意識していたが、究極的にはそれも要らないのかもしれない。
「だからさ、団長。俺が死ななかったきっかけは、あんただという事にならないか?」
「・・・!!」
彼女はあの時、極めて純粋な優しさを持っていたがために、その言葉は自然と俺の芯を揺さぶるものとなったということだ。『綺麗に見せるためには綺麗になればいい』と言っているようなもので、それは言葉を飾る事よりも困難だが、やはり俺はまた忘れていたのだろう。
「・・・でも、心臓が止まってたし、岩の下敷きになったはずじゃ・・・!」
世界で起こる事象の全ては、最初に心、そこから結果が生まれるという因果でできている。
「生きようと思ったら、後はこっちのものだ。・・・と言ってもあの王子が俺の身体を移動してくれなかったら、邪竜と道連れになっていたかもしれないがな。」
退屈で現実的な苦しみの中で俺はまたもや忘れてしまったようだが、そういえば世界は、やはり中々に美しいものだったのである。うっすらと覚えているが、あの王子は団長を叱咤した後に、俺の身体を邪竜の翼の下に隠し、切断された右腕を持って走り去った。
「あいつは崩壊のさなかでも、俺を護る事を優先したんだ。死体だと思っていたの上で、な?・・・いや全く、滅茶苦茶な野郎だよ。」
自分に降りかかる死の危険を差し置いて、己が身を顧みずに命を懸ける。彼の自己犠牲の精神は完全に蘇っており、俺は襲い来る岩石に命の芽を摘まれずに済んだのだ。
「そんなことが・・・!で、でも傷の方は・・・」
「・・・そういえば、呪詛の根源の持ち主は、死にたくても傷が治って死ねないらしいぞ?肉塊が生えてきて、どんどんと化け物に近づいていくようなんだが、俺はまあ一身上の都合で、傷の治りが早くなる程度らしい。」
「それって・・・」
俺は焚火の炎を目に灯らせ、確かな喜びを感じながら言った。
「つまり、あんたの声で生きようと思った俺は、あの王子様のおかげで落石を逃れた後、じっくりと時間をかけて傷を治し、何とか岩の隙を縫って出てきたってわけだ。」
ぐつぐつと音を立て、鍋のスープは愉快に煮え切っているようだ。彼女の驚愕の表情に、俺はしたり顔で笑う。
言葉の形とタイミングは、彼女の心が整えた。それも無意識下でだ。瀕死の俺を移動させたのは、王子の心が導いた行動だ。偶然の一致か?否、そう考えることは、もはや合理的ではない。奇跡は必然で、心は因果律の根本だ。俺はすぐ忘れるが、基本的に汚れた人と世界の中にも、確かに美しい景色が見えるのだ。
瞳の涙を輝かせながら唇を動かす彼女を見て、俺は再びそう思った。
「・・・生きてて・・・生きててくれて・・・本当に良かった・・・!!」




