36話 夢の中なんだから
彼女は目の前の恩人にしがみつき、生まれてくる不安を想いで塗りつぶすように強く、その裾を掴んで離さない。
「・・・もう、無茶なことしないで・・・!」
斬り飛ばされた彼の右腕は、しっかりとその肩に繫がっているようだ。もしかすると自分は、卑劣な夢の続きを見せられている、あるいは自分から望んで、彼の記憶にしがみついているのかもしれない。彼女はそう思っているが、たとえ無価値な白昼夢だったとしても、言葉を止ませ、溢れ出るこれをせき止めることなど到底できないのだ。夢中の彼に無茶するなと言っても、その幻想がそれに従うかすら怪しいだろうが、それでも彼女は絶え間なく、震える心のまま言葉を紡ぐ。
「勝手に先走って、いなくなったりしないで・・・!」
本当は分かっている。こればかりはどうしても、彼には叶えられない願いなのだ。彼がする無茶や独断専行はその行き過ぎた優しさの現れであり、それは周囲に迷惑をかけることなく、むしろ誰もかれも救い出していて、そもそも自分はそこに強く惹かれているのである。だからここで伝えるべきはむしろ、「無茶してくれてありがとう」ということのようにも思うが、もう自分の前から消えないでほしいという想いもまた、紛れもなく彼女の本心だ。
「クッ──!頼む、とりあえず言いたいことは分かったから、まず落ち着いてくれ。・・・というか冗談じゃない程度には痛いから、せめて右腕には触るな・・・!!」
「落ち着けるわけないでしょ・・・!夢の中なんだから、痛くなんかないくせに・・・!!」
迸る激痛に悶えながらも、彼はしっかりと彼女の背中に左手を回し、穏やかにさすっている。しかし、実際のところ今の彼女に気を遣うのが逆効果であったのは、その目つきにそぐわない優しさが、その自己犠牲の慈愛が、何よりも彼女の心を強く揺らしているからだ。彼女はますます鼓動を速め、駄々をこねる心を抑制できなくなってしまっている。
「夢の中、そいつは何かの慣用句か?・・・・・・しかし、団長がこんなになってるの、前じゃ想像もつかなかっただろうよ。・・・っはは、全く。」
「とぼけないで・・・どうせまた消えるくせに・・・!私、死霊術でもなんでもやって、絶対あなたを生き返らせるから・・・!!」
「無茶すんなって言いながら、怪しい魔術に手ェ出そうとするんじゃねえよ・・・。あんた、俺が死んでるように見えるってのか?」
「・・・私はっ、もう分かってる!!・・・あなたは、もう死んだって・・・右腕の話をしたら、すぐに消えちゃうって・・・!」
ボロボロと零れ落ちる涙を隠しもせず、団長は妙なことを口走っている。・・・が、ぐずる団長の眼前で袖をまくりつつも、俺は随分と長いところ音沙汰がなかった居心地の良さとともに、確かな安堵を覚えていた。
「右腕?・・・っと、ああこいつか。あんたが拾ったのかは知らんが、持っていてくれて助かった。今は表面をつなげてあるだけだから、迂闊にさわるとポロッと逝っちまうかもしれないがな?・・・けどまあ、待てばそのうち、動くようになってくれるだろうが。」
彼女は制服の膝の上に頭を置いたまま、俺の顔と右腕とを見比べ、目を丸くしている。
「・・・嘘、そんなこと言ったって、心臓が刺されてるのもちゃんと見た・・・」
何のためか、彼女はまだ疑っている様子だが、それも当然と言えば当然だろう。俺の心臓は、あの時確かに突き刺され、その脈を止めた。まだ感覚が浮ついて落ち着かないほどには、あの苦しみは俺にとって途方もない大きさのものだったのも間違いない。
「・・・なら、また一つ種を明かそう。」
俺は慣れない手つきで頭を掻きながら、壁の岩肌に反射する、揺れる焚火の光を見て言った。
「・・・俺がたった今こうして息をしているのは、ほぼあんたのおかげだ。」




