表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/92

35話 ああ、起きたか

崩壊する洞穴の大空洞は怒涛の勢いでその姿を変化させ、巨石は生命の悉くを滅ぼさんと降り注ぐ。王子は襲撃する岩石を必死にかわしつつ、空洞の入り口へと飛び込んだ。


「クッ───!!・・・・・・はあっ、はあっ、何とか、間に合ったみたいだね・・・!」


集中豪雨にも似た崩落が収まると、天からの光は惜しみなくその場を照らしたが、その光はある者には虚しく、そしてある者には醜くも見えていた。眼前に積もった岩石の山を前にして、うら若き勇者は膝から崩れ落ちる。ついに憎悪の邪竜を討伐した王子の目には、美しく勇敢に闘っていた彼女が、全ての希望を失った時のような表情で天を仰いでいるのが映る。それを見て忍びなく思った王子だが、彼女にかける言葉が浮かばず、しばらく立ち尽くしていた。


「・・・外で待ってる二人と一緒に、先に王都へ帰っててくれませんか・・・・・・私たちは後で合流すると、そう伝えてください・・・。」


冷たく、生気のない声でそう言った彼女に、王子はおそるおそる答える。


「あ、ああ。分かった、君たちは後で帰ってくると、そう言っておくよ。」


僕に希望をくれたあの人は、きっと彼女にとっても大きな存在だったのだろう。彼女は彼の死を誰よりも悔やんでいるだろうし、ここに残ってゆっくり考える時間も必要なはずだ。そう思った王子は、彼女にあるものを差し出して言った。


「このぐらいの事しか出来なくてごめん。酷な話かもしれないけど、彼の生きた証として、君が持っていてくれないか?」


「っ・・・!!・・・・・・ありがとう、ございます」


彼女がそれを受け取ると、王子は黙って踵を返し、洞穴の出口へと歩いて行った。彼の足音が聞こえなくなると、彼女は光の当たる場所の手前で座り込み、切り離された右腕を大事そうに抱きかかえて、溢れ出る声を懸命に抑えて泣いた。


「・・・・・・くぅぅぅ・・・うぅぁぁぁっ・・・!!」


名前を呼んで泣き叫ぼうにも、自分は彼の名前を知らない。名前も知らない彼の事を忘れてしまう日を恐れ、彼女はより一層強く、その腕を抱いた。呼吸も忘れて泣き叫び、息が苦しくなって咳をして、また彼の顔を想起しては喉を熱くして、再び声を上げて泣いた。


「・・・ぅぅぅ・・・グスッ・・・ぅぅ・・・・・・ぅ・・・・・・・・・」


しばらくの間泣いて、泣き止んではまた泣いて、泣き疲れると弱々しく横に倒れ、重たくなる瞼を閉じてしまったが最後、彼女はそのまま眠りについた。




日が徐々に傾き、西日の赤が混ざり始めたその光が、丸まって眠っていた彼女の身体を照らす。


「・・・あれ、寝ちゃってたんだ。もう夕方になって・・・、───っ!!」


その瞬間、岩石の山の天辺がガラリと音を立てる。


「・・・っと、ようやく出てこれた。」


「ッ──!?・・・・・・」


その男は岩の上を歩いて降りてくると、悶絶する彼女に手を伸ばし、その両手で抱き締めた。


「よく、憎悪の邪竜を倒したな。」


「・・・本当に、生き返ったの・・・?」


男は笑って答える。


「おうさ。ほら、この通りピンピンしてる」


「・・・よかった・・・!本当に、生き返ってよかった・・・!!」


彼女は心から安堵して、涙をこぼしながら言う。


「ねえ、あなたの名前を教えて・・・?ずっと、気になっていたの。」


「・・・・・・・・・。」


男は彼女を両腕で抱いたまま、言葉を発することはない。


「・・・どうして、何も言ってくれないの・・・!!」


急激に苦しくなった胸と、再び流れる悲痛の涙。けれど男は、何も言わなかった。


「・・・・・・・・・」


「あ・・・れ・・・?右腕は・・・切られたはずじゃ───」


「──気づいて、しまったか。」


男が放つ一言に、彼女の心は一瞬にして不安に満たされる。


「・・・もう、お別れだ。」


彼女は呼吸が苦しくなるのをどうすることも出来ないまま、どうしようもなく締まる胸を抑えて言った。


「ま、待って!!」


そう思えば思う程に、宙に浮いた男は彼女から離れていく。必死に伸ばした手は男の身体をすり抜け、その身体は徐々に背景へと消えていく。


「いやっ・・・待って!止まってよ!!・・・お願いだから!!・・・あなたがいなくなったら・・・私は───!!!」



───────────────────



「──っ!!・・・・・・はぁっ、はぁっ・・・!」


月明りの洞穴。この上なく残酷な悪夢から飛び起きたが、伸ばした手は虚しく、星のない夜空に届くこともない。力尽きた手がパタリと膝に落ちて、彼女をまた、途方もない無力感が襲う。


「・・・夢・・・だったの・・・?」


もう少し早く、彼に加勢できていたら。もう少しだけでも、自分が強くなっていたなら。もう少しだけでも早くこの手を伸ばしていたなら、彼は自分の元から離れていなかっただろうか。後悔ばかりが大きくなり、膨れ上がる悲しみに耐えきれずに、彼女は目を閉じた。





──パチパチと、薪がはぜる音が響く。


振り向くと、彼がいた。


彼女は這うようにして近づくと、焚火の世話をする彼に向かって手を伸ばし・・・


「・・・ああ、起きたか。とりあえず腹減ってるなら、飯でも───ッ!!」


──彼が消えてしまうより早く、押し倒すように抱き締めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ