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33話 もう泣かないでくれよ

(・・・この数秒は、痛みなど捨ておけ。)


「ッ・・・!」


(あと少し、ほんの少しだけ動け・・・)


「ハァッ・・・、ハァッ!!やっと君も・・・はッ!?しまっ──!!」


(・・・振り絞って、繋ぎ止めて、動いて見せろ・・・)


呼吸を絶ち、伸ばした左腕の握力だけに、全神経を注ぐ。



(・・・動け・・・!!)



「と・・・ッ、た・・・!!」


この瞬間、既に破れた俺の心臓には確かに、ささくれた麻糸で汚く縛り付けられたような、醜く救いがたい意志の根源が注ぎ込まれたようだ。次に感じたのは壮絶な痛みと呼吸の違和感、喉元にこみ上げてきた焼けるような熱さと、それら全てを統合した『苦しさ』である。


「──か、はァッ・・・!!」


黒い血を吐きこぼし、その痛みから迫る死を実感する。吐血したのは初めてだが、喉に穴が開いたみたいだ。目は閉じたまま動かず、視界の隅でうっすらと灯った光が、徐々に大きく、そして強くなってきているのが分かる程度である。



だが、それが分かれば、もう十二分に満足だった。

・・・今やもう、諸悪の根源は絶たれようとしている。邪悪な厄災の火種は俺の心に灯され、この命ごと燃え尽きようとしているのだ。だからこいつはおそらく、目の前の英雄を祝福する光の一部なのだろう。俺はようやく、手の届く範囲のみではあるものの、人をほんの少し救うことができたのかもしれない。やがて瞼の裏側を白く染めたそれは、俺の表情と痛みを、少しだけ和らげた。


俺の胸元に刺さっていた棘が取れて、支えのない身体が倒れていく。


・・・さあ、英雄の帰還だ。たとえ岩肌に頭を打たなかったとしても、俺は大人しく此処で息を引き取ることとしよう。・・・この灯りは、死にゆく俺の容態を確認するのではなく、悲しみの連鎖に打ち勝った優しき王子の帰路を照らすためのものなのだから。


「・・・・・・」


衝撃を全く感じないまま、俺の身体は何かに受け止められ、そのままゆっくりと横たえられたようだ。すぐ傍で辺りを照らす眩い光の中、微かに、透き通った声が耳を揺らす。


「・・・・・・!!」



この声の持ち主は、なにをそこまで必死になっているのだろうか。いや、もうそのような雑念を抱く由もなく、俺はこの淑やかな声を子守歌代わりに、永く安らかな眠りにつこうとしていた。







・・・だからさ、もう泣かないでくれよ、団長。


「・・・おきて・・・・・・おきてよぉ・・・!!」


騒々しくて、寝るに寝れないだろう。あんたは死人の相手など捨て置いて、憧れの『王子様』を連れて行ってやればいいんだ。それに俺はもう、どうしようもなく眠いんだ。・・・だからさ、団長。


「・・・まだ何も・・・返せてないのに!!」


妙なことを言ってないで、さっさと行ってくれ。そいつは俺のセリフだろう。


「・・・お願い・・・だからぁ・・・!!」


いろんなもの借りっぱなしのあんたの口から、「お願い」なんて言葉を出すのはよしてくれ。王都を救うのを手伝ったってことで、チャラにしてはくれないか。それに、爆弾抱えた犯罪者が生きていたって、どうにもならないだろう。・・・どう転んでも、あんたは立派な『団長』だ。たくさんの人を助けるんなら、こんな俺の手を握って涙を流す理由は、何処にもないはずだ。


(さあ行けよ、第三騎士団長・・・!!)


「っ──!!?」


俺の左手が熱を放ち、ぐずる団長の手を拒絶すると、彼女はしばらく黙って鼻をすすり、やがて少し声色を変えて言った。



「・・・ぜったい、死なせてやるもんか。」



全く奇想天外な言葉に、俺は安心やら感謝やら、様々な感情を抱いたわけだが、その中でも最も強く、彼女の声は凄く綺麗だと、そう思った。

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