29話 さあ喜べよ
栄華の象徴たる王宮の核心、誰もが憧れる偉大なる玉座には、溢れ出す瘴気にただ痛々しくうめき声を上げるだけの男がもたれかかっている。
「・・・あんたが国王か?」
「アァァ・・・ワタシ、アアァ・・・」
周囲は靄で見えない。この男は目があるのに何も見えず、ここでじっとしていたという事だ。しかし、自身が放つものがどれだけの人を死の淵に追いやったか、この男はおそらく理解している。呪いの根源を持つ王子に好かれていたにしろ、恨まれていたにしろ、国王というのはやはり、特別に可哀想な存在だということなのだろう。そういうわけでこの男は中途半端に理性を残し、俺の目の前で今この時も、不甲斐なさという優しくも悲しい心をぶら下げているのだ。
「・・・聞こえちゃいないのかもしれないが、ぜひ聞いてくれ。・・・どうしようもない負の連鎖を、どうにかしたいと思っているんだろう?」
「ア・・・アァ・・・!?」
「絶望するのも結構だが、・・・そういった類の希望に限って、『どうにでもなる』と思っている時の方が見つけやすいものだぜ。」
門出の前に単身で玉座の間に突入した俺は、悲しみに暮れる病人に向かい、言葉足らずで付け焼刃な説教を、我が物顔で説き続ける。
「つまり、いつでも喜んでいた方が、いつも喜んでいられるという事だ。馬鹿みたいだろ?・・・けど、いつでも喜んでいられる奴は、世界で一番強い奴だ。だからさ、口下手で悪いんだが・・・」
俺は国王の弱々しい肩に手を置き、格好悪く笑って言った。
「・・・俺は今あんたを助ける・・・さあ喜べよ。・・・少し強くなろう。」
正直、落ち込んでいる時の自分にしてみれば、『落ち込む必要なんてない』と思っている時の自分が腹立たしくてしょうがない。心の内にある葛藤が、苦痛が、絶望が全て無価値であるかのような表情で「もう大丈夫」などと励まされた暁には、そちらが間違っているようにしか見えない。・・・しかしそれでも、希望を待ち望んでいることは間違いないのだ。だから俺は今この時、途方もなく輝く希望ってやつを、無責任に振りかざそう。この靄をどけてやって、日の光と共に、俺の好きな空と雲を見せてやるとしよう。
「ああそうだ・・・もう、大丈夫だ。」
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「真田、靄が!!」
「ただの応急処置だ、急ぐぞ・・・!」
両開きの大扉を荒々しく開け放ち、団長と雨宮を連れて最上階に急ぐ。晴れていく視界も一時的なものだ。王子の根源を奪わない限り、王都はまたすぐに瘴気に満ちるだろう。王宮を走り回る経験を新鮮に感じる暇もなく、俺はメモのいる部屋に駆け込んだ。
「あ・・・おかえり。・・・けが、だいじょう───」
「──よおミニっ子・・・!とりあえず四人ほど乗せて空飛べるか?団長とその友達が、洞窟探検したいってうるさくてな・・・!結界解除は・・・これか。部屋と言いボタンの柄と言い、こいつを作った奴は幼児趣味なのか?・・・まあとにかく、さっきのお詫びとでも思って、引き受けちゃあくれないかね・・・」
「うっ・・・・・・、そのいいかた、ずるい・・・けど、わかった。まかせろ───」
──強風が足元を吹き抜ける。最上階の屋根の淵に立つと、まだ少しだけ暗い視界の中でも、中庭の石像まではっきりと見渡すことができた。石壁付近の物見やぐらとは比にならない高度で、ただ風の音だけが、強く耳を揺さぶっている。
「っ・・・!!・・・真田!こ、こんな高さから飛び降りるの、え、がち・・・!?もしこの箒から手が離れたら、私ほんとに死んじゃうじゃん・・・!」
「両手で掴めるだけましと思うんだな。さあもう行くぞ、一刻も早く。」
俺、団長、雨宮の三人はメモの乗る箒の柄に掴まり、メモは木の箒に魔力を込める。
「・・・じゅんびできた。もうとべる」
穂先をうっすらと光らせ始め、瞬く間に輝きを増していったその箒は、
「ちょ、ちょっと待って、アメミヤちゃんも怖いだろうし、やっぱりこんなの・・・って、うそ、うそうそうそ、やめっ───いやあああぁぁぁぁぁあっ!!」
薄暗がりの世界に虹の閃光を残して、暗闇の壁を突き抜けた。




