2話 空だって飛べそうですよ
「・・・お先真っ暗って認識で、間違いなさそうだ。」
目が覚めたら森の中。視界に映るのは星のない夜空と雑多な木々、スヤスヤと眠る雨宮と、
牙を剥いた一頭の熊だった。
「雨宮、転移先は天国の方が良かったか?・・・・・・起きないな」
熊にもいろいろある。が、目の前のはゲームで見るそれだ。元の世界の一般的な知識はほとんど通じないと思った方が良いかもしれない。常識とか言ったか、そんな名前の付いた偏見コレクションはいつの世も、物事を見る際の視野を大幅に狭めてしまうわけだ。一つだけ確実に分かるのは、この未確認生物が俺たちを襲う気があるということだけなのである。
「ッ──、ぶねェな・・・!!」
振り下ろされる腕を紙一重で躱すが、重たく鈍いように見受けられたその動きが、攻撃の瞬間だけ加速したようだ。いやしかし偶然だが、不意打ちを警戒していてよかった。吹っ飛んだのが、首でなく現実感でよかった。
「森のくまさんにしちゃ、元気が良すぎやしないか・・・ッと、冗談じゃないなこいつは。」
気を抜けば死ぬが、焦った途端にお陀仏だ。冗談じゃあない。そう思った矢先、巨体は目標を変更し、雨宮に近づいていくようである。
(弱者なりに、一挙手一投足は正しく選ぶとしよう・・・。)
今なら逃げれるぞと、生存本能はそう訴えたいらしい。逃走経路は彼女に背を向けた入り組んだ木々の直線路、タイミングは熊の意識が反れてから一秒後だ。彼女に気を取られているうちなら間違いなく逃げ切れる、それが俺の中に留まった判断だった。
俺は駆け出し、攻撃の予備動作を確認する。
「・・・まあまあ、寝た子は起こすな、巨大熊よぉ───」
一直線に距離を詰め、熊と雨宮の間に割って入った俺は両腕で攻撃を受けるも、次の瞬間には派手に吹っ飛ばされていた。
「グッ──!!・・・かはッ・・・!!」
不幸中の幸いか、予防線の目つぶしは効いているようだ。吹っ飛ぶ直前に投げた砂粒によって、熊の動きは明確に鈍った。
「へ・・・え?熊?」
雨宮が起きたようだ。木に叩きつけられた俺を見て何かを考えているが、アレがまた暴れ出すと厄介だ。
「驚いたか・・・?さて、寝起きドッキリも済んだことだし、ひとまず逃げ───ッ・・・!!」
──鈍い音が大きく響く。その動きは重力を無視して、肉体は宙を舞い、俺の目の前で、深い森に消えていったのである。
「・・・おいおい、ここまでは流石に、予想できないだろうよ・・・。」
舞った血は墜ちて、俺は目を見開く。呑気な緊急連絡は意味を成さず、一つの命が、多分たった今潰えてしまった。
「真田、大丈夫!?」
「俺は問題ない。それより、熊が吹っ飛んでいったが?」
「私の特典、『身体能力強化』って言ってたけど、こんなに強くなってるとは思わなかった。」
彼女は頭のネジが飛んでしまっているのだろうか。たとえ寝起きでも、俺は目の前に現れた熊を急に殴ったりしない。とはいえさも当然のように語るのは、彼女の内には今、強化された能力の確固たるイメージが存在しているからだろう。身体機能の何処から何処までが強化されているのか、それを聞くべきか考えて、すぐにやめた。
「・・・死ぬ危険も少ないし、いい能力だ。で、これから町を探すから、悪いんだが協力してくれ」
──────
─────────
真っ暗な森を抜け、平原に出ると、思ったよりすぐに町は見つかった。問題は、目の前にいる門番が道を塞いでいることだ。
「こんな夜中に、奇妙な恰好しおって。お前たちは何者なんだ!身分を証明できない怪しい奴を、通すわけがないだろう!それとも、あそこにいらっしゃる第三騎士団長殿に喧嘩を売りにきたのか?まあ、お前たちみたいな汚らしい奴に負けるわけはないがな!」
仰々しい石壁を背に、鉄の甲冑の男二人は強気に出ている。高ぶってさぞかし気分が良いんだろうが、他国のお偉いさんとかだったらどうするつもりなんだ。・・・とにかく、この町にいれる気はないみたいだな。かといって野宿でもしようものなら即魔物の餌だ。どうにかして入れないものか。
石壁の内側にかなり高い物見やぐら、その上には第三騎士団長とか呼ばれてたか、人影が一つ見える。
「・・・あの人の知り合いなんで、話してきますね。」
あそこにいらっしゃる第三騎士団長とやらに、俺は頼ってみることにした。ところがどうだ、思い切りよく虎の威を借りたつもりだったが、この門番はしかめた面を戻すことは無い様子だった。
「それならさっさと行ってこい!!ったく、言うのが遅いぞ!」
もしかして思考を放棄しているのだろうか。そうでないなら、第三騎士団長殿の知人はここまで粗雑に扱って良い人物ということになる。まあ実際嘘だから、俺達に対しては適切と言えるのかもしれないが。
「この方は同郷ですが、俺とはあまり関係ないので。俺は一人で行きますよ、ええ一人で生きますとも。」
雨宮には面倒をかけるが、中に入りさえすれば後は何とかなるだろう。俺の独断専行に驚き、軽蔑の目を向けた末、最終的に寂しそうな表情をした雨宮を置いて門をくぐり、石造りのやぐらに向かう。
精巧に造られた螺旋階段を、特に急がず登っていく。
当然だが、着いたのは落ちれば即死するような頂上だ。意外だったのは、腰に剣を下げた第三騎士団長が、茶髪を風になびかせた少女だったことである。振り向いた瞳は赤、正直綺麗な色である。
「・・・あなた、誰?」
知り合いな訳もなく、ごく自然な反応である。そして俺は、流れるように嘘をついた。
「・・・しがない行商人ですよ、第三騎士団長様。この町を守るために、今日もご苦労様です。」
「ありがとう。この王都で、死人は出したくないからね。」
都合の良い色で塗り固めた自己紹介をしつつ、探りを入れてみたが、良い奴そうで何よりだ。
「あなたほどの実力者なら、空だって飛べそうですよ。」
「買いかぶりすぎ。・・・というか、行商人って言うけど、どこのギルドの人?」
この質問はかなり鋭い。予備知識のない俺は、これ以上下手に発言できなくなったのだ。
が、もう王手はかかっていたりする。
「・・・あそこの門番が見えますよね?ほらあそこ」
手すりから大げさに身を乗り出し、指をさすと、雨宮と門番がこちらに気づく。
「見えるけど、あなたのギルドとなにか関係が───っ!?危ないっ!!!」
身を乗り出した俺が急に手すりを飛び越えたのを、彼女は間一髪で掴まえる。
「・・・どうも、ありがとう。」
が、俺のもう片方の腕はしっかりと柵に固定されていた。
「・・・お礼には、紐なしバンジーを用意してある・・・舌ァ噛むなよ?」
「きゃあっ!!───」
──彼女の腕を掴み、その軽い身体を外に放り投げる。少女は空を飛べるはずもなく、真っ逆さまに落ちていった。
俺は真っ逆さまの彼女を無視して、急いで階段を降り、
辺りが騒がしくなるのも無視して、入り組んだ街並みに消える。
持論を語ろう。主人公と悪役のどちらが悪いか聞くなら話は簡単だが、両者とも物語に登場していることもまた、間違いはないのだ───
─────────
こうして、第三騎士団長を塔から落とした侵入者として指名手配された俺と、
驚異的な身体能力で第三騎士団長を救った雨宮は、王都に入ることに成功した。
追われる身となった俺だが、路地裏で見た異世界初めての朝日は、悪くない明るさだった。