26話 平穏な王都の未来が見える
「・・・よぉ、ミニっ子。元気にしてたか?」
「おまえ・・・遅い。」
俺にしては珍しく急いでことを進めたつもりだが、そんなことを知る由もなく、彼女はパステルカラーのソファの上でマフィンを頬張っている。
「・・・相対速度ってのがあってだな、とにかくあの団長より速い生き物はそう居ないんだよ、お嬢ちゃん。」
団長という単語に反応して、呑気にパタパタ動いていた手がピクリと止まる。急に切羽詰まったような表情で俺に詰め寄り、俺の服をグイグイ引っ張っている。
「だんちょう、だんちょうはどこ・・・!?」
「急にどうした・・・トイレか?」
「・・・!!」
「グッ──!!・・・悪かったから腹を殴るのはやめてくれ、正直死ねる・・・!」
頬を膨らませたメモに腹部を殴られ、一度は止まっていた血液が再び流れ出す。想定外に自分の拳が赤黒く染まった彼女は、顔を真っ青にしてその場に座り込んだ。
「ご、・・・ごめん・・・なさい・・・。」
「ああいや、そう泣かないでも心配要らない。・・・多少、・・・さっき転んだ傷に、響いただけだ・・・。」
医療キットは鞄ごと団長に渡してしまったため、治癒の手段と言えば死んだ皮膚を錬成して繋ぎ止め、途方もない痛みを悟られないよう体制を落としながら止血することぐらいだった。
「・・・んで、団長が心配なのか?」
「町がまっくらになってて、だんちょうだけ変なけむり吸って、くるしいかおしてた。・・・それで、あのみらいが来たかもしれなくて、それで、・・・もしかしたら、わたしがいっぱいうるさくしたせいかもって・・・おもって・・・・・・」
泣き出した彼女に胸が詰まる。静かにしゃくりあげる彼女は、ここまで幼いというのに、運命を変える可能性と、それと同等の、重すぎるプレッシャーを負ってしまった。一番つらいことは、ミニっ子が優しい心を持ってしまったことだ。彼女の小さな背中に背負いきれるはずもないその責任を、彼女は誠実にも感じ取ってしまった。事実を知れば、彼女は十中八九責任感に押しつぶされてしまうのだろうが、彼女が未来を変えなくてはならない責任など、本来何処にもありはしない。
「・・・それなら、もう一度見てみればいい。もう一度未来を見て、白黒はっきりさせよう。」
「・・・でも、このまほうはごねんにいっかい───」
「──魔法の継承。・・・やろうと思えばできるんじゃないか?実を言えば、俺は大魔導士様にも引けを取らない天才魔法使いなんだ。器は十分成していると思うぜ。・・・今度は俺が未来を見て、結果をミニっ子に教えてやろうじゃあないか。」
多様な感情が複雑に入り混じっているのか、それとも放心しているのか、ミニっ子の表情は全く読めない。結界で隔絶された空間に音のない時間が流れ、しばらくしてようやく、彼女はゆっくりと、首を縦に振った。
「・・・おでこ、くっつけて。」
「ああ、悪いな。」
「べつにいやじゃない。おまえ、やっぱりかほご。」
目を閉じて意識を集中すると、魔法のイメージと同時に、ミニっ子の感情が流れ込んでくる。この不安と負荷は、やはり彼女のキャパシティーの限界を超えているだろう。
・・・どうしてかミニっ子も団長も、問題を自分一人で抱え込む。そいつは優しさゆえの美徳なのかもしれないが、その負荷は絶大で、そのような人間が割を食うような世界であるのもまた、間違いないのである。
それなら俺は、彼女らの心を否定することなく、負う必要のない責任を捨てさせよう。彼女らが時折見せる『悲しくも美しい犠牲の愛』ってやつの悲しみの部分だけを、卑怯に汚く拭い去ろう。
「・・・一度しか言わないから、よく聞けよ、ミニっ子。」
彼女の瞳をまっすぐと見つめ、俺は嘘のない言葉を伝えた。
「・・・俺には今、平穏な王都の未来が見える。」
「・・・・・・ほんとに?」
「ああ本当だとも・・・こいつは紛れもなく、お前のおかげだ。・・・まったくお利口なミニっ子だよ。よく、頑張ったな・・・。」
「・・・う・・・うぅぅう・・・」
俺の制服にしがみつき、彼女は小さくも大きな声を上げて泣いた。多少痛む腹部に苦笑いを浮かべてから、俺は見えない空を向いて覚悟を決める。俺の思い浮かべる平和な世界を、現実にするために。




