23話 いい奴はいつも酷い目に合う
「あ・・・あった、防護結界の試作品。これに魔力を流し込めば、ここから先を守る結界が張れるはず。メモちゃん───うぅっ!!」
「だんちょう?」
「・・・はぁっ、はぁっ!・・・私は、大丈夫だからっ。・・・けど私、今から行かなくちゃいけないところがあるから、メモちゃんはこの部屋に入って、お留守番しててくれる?・・・中にある食べ物も、好きに食べていいから。」
「・・・わかった」
「いい子ね。それじゃあ、・・・さよなら。・・・───っ!はぁぁぁぁああっ!メモちゃんだけでも、絶対助けてやるんだぁ・・・!!」
(あれ、まだ全然効いていないみたいだ。ということは君、ずっと演技をしてたんだ・・・すごく痛かったんじゃない?でも結局、助かるのは今の女の子だけ、君の決死の努力で助けられたのは、たったの一人だけだったみたいだね)
「──くぅぅっ!・・・く、ふぅぅう!!」
────────────!!
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──後光眩い王都の石壁。俺は犯罪者らしく、憎たらしい門番を突き飛ばしてでも侵入してやろうと意気込んでいたが、偉そうな鉄の甲冑の姿は見当たらない。門は既に全開になっているというのに、その付近はもぬけの殻だった。そして、正面からそのまま侵入した俺は、目を見開く。
「・・・おいおい、たったの一日だぞ・・・。」
空気が重い。以前の鬱陶しい活気は完全に消え失せ、俺が潜伏していた貧民街とはまた異なる、救いようのない倦怠感が、町全体を包んでいるようだ。人はいるが生気が感じられず、騒々しかったはずの出店の番すら、汚れた煉瓦の上に座り込んでいる。
「良い子にお留守番もできないのかね、この町は。・・・元凶は、あの城か」
足元から一直線に伸びる街道の先にそびえ立つ王宮、そこから溢れ出るあの靄は、今日中にでもこの王都を埋め尽くし、メモが予知した最悪の未来を呼ぶのだろう。瘴気に中てられた人々は絶望に溺れ、おぞましい肉塊になってなお悲痛に叫び続ける者、人の姿を保ったまま心だけが蝕まれていく者が、その苦しみを伝染させていく。そこには善も悪もあったものではなく、ただ平等に絶望のみが渦巻く。
メモが五年後に予期したはずの厄災は、既に始まってしまった。そして、予知した未来が変わったのなら、その原因は・・・・・・未来を予知したことで行動を変化させた張本人、メモという少女なのである。
「・・・っはは。・・・、ふざけやがって・・・!!」
・・・人のため、卑劣で醜悪で残酷な運命に立ち向かい、守るために伸ばした手を払いのけられ、それでもまた立ち上がり、勇敢に前に進み、まっすぐに人を信じ、零れ落ちそうな希望を小さなその掌で掬い取ろうと足掻く、優しい少女がいる。
そうであるのに、その少女が努力した結果、彼女のせいで厄災が加速し、むしろ多くの人が死ぬというのが、現実的な話なのだ。
「・・・いい奴はいつも酷い目に合う。俺が一番嫌いな皮肉だ」
小さな光を拾い集める人を周りは見下し、そんなものを拾って何になると嘲る。いたずらな風は無惨にも、その光を散らしていく。
世界がそう仕向けたように、そいつらは悉く酷い目に合う。
(ただそれだけなら、そんな世界に生きている意味は、無い。)
俺は一息ついて、雑に頭を掻く。
「・・・けどまあ・・・・・・、なんとかなるか。」
心の綺麗な奴が永遠にひどい目に合い続けるなら、そんな世界にいても楽しくはない。だから俺は、なんとかなると、そう思うことにしているのだ。もしかすると、すぐにはどうにもならないかもしれない。もしかすると、もはや死後すら、どうにもならないかもしれない。しかし、その先の先の先の、そのまた先を見れば、未来はなんとかなっているのだ。
そういうことにしてから俺の中では、いい奴はどうにもならないというよりは、いい奴はどうにでもなる、ということになっている。
「・・・さ、行くか。お膳立てはとうに済んでいる。」
そうして気づいたのだが、その方が圧倒的に愉快なのである。俺が今『いい奴』である限り、靄が増していく王宮への一直線は、俺のためだけに轢かれたレールだ。王宮で嘆く団長は、俺の助けを待つ囚われの姫君だ。視界の隅で人が泣き叫び、その肉体を醜く肥大させていくが、俺は下唇を噛んで走り抜ける。
俺はもう、誰一人として殺したくはない。昇る朝日は王宮に遮られて見えないが、それがてっぺんから出てこないように速く、俺は靄の中を走った。




