19話 視界が曇っていたようだ
「・・・要するに、お前は『未来予知』の魔法が使えて、滅んだ王都に黒い化け物が蔓延っている未来を見たんだな?」
「そう」
「さらに言えば、一昨日の朝から数えてちょうど五年後の未来を変えるために、ミニっ子は王都の権力者達に伝えて回ったと。」
「そう」
上位錬成で制服の破れを直し終えた俺は、黒い上着を羽織って肘をつき、頭をおさえて深く息を吐く。
「そして、・・・誰一人として、ただの一人として、お前を信じなかった。」
「・・・・・・・・・そう」
結局、幼く若い純粋な心を、『経験』豊富な実力者達は受け止めきれなかったようだ。この少女は人騒がせの迷惑者として騎士団に捕まりかけ、開発中の飛翔魔法を使って逃亡、制御不能の箒で街を駆け回った末に俺に捕獲されたわけだ。
「・・・みんな、うそつきはよくないって、メモのこと追い出した。服のここつかんで・・・・・・ぽいってすてたっ・・・。」
瞳が揺れ始める。彼女は衣服の布地を掴んで震え、その振動は瞬時に俺へと伝わった。
見ず知らずの人々を助けるために奔走したメモという少女は、胸ぐらを掴まれて追い出されたと・・・正義と勇気を秘めていた心が乱暴に締め上げられ、そのまま投げ捨てられたと、そう言うのか・・・?
そんなことが許されて良いはずがないと思ったのは、異端者の俺ただ一人だったと言うのか・・・
ポーションを直接ぶちまけて治療したはずの傷口が、再び痛み出す。
いや、そもそも連中は分からなかったのかもしれない。自分が『努力』し、生きてきた『経験』によって、自分より小さな存在の意見も正しい事があると訴える思考回路が、既に閉じられていたのかもしれない。
(それなら、自分を守るための努力など、単なる洗脳に過ぎない。誰かをねじ伏せるための経験は、嘘でしかない)
「・・・それなら、もう放っておいたらどうだ?・・・喜んで糸をもつれさせて、出来上がったものを芸術と呼ぶような連中は───」
──心底苦しそうに閉じた瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。
「ッ──!!」
俺は歯を食いしばって目を伏せ、額をおさえて前髪を搔き上げる。
・・・俺も・・・・・・浅い男だ・・・。
ほどけないように糸の筋道を絡ませることを『努力』と呼び、できたモノを『芸術』と名付ける連中・・・そいつは自己紹介か?全く同じことを、俺も無意識で行っているだろう。もう放っておけなどと諭すのは、彼女の信念を否定したことに他ならない。今俺がやったことは、俺が一番忌み嫌う行動そのものだ。彼女が何を助けるために苦しんだか理解もしないで「力を貸す」などと、ふざけるのも大概にして欲しい。
「・・・どうしたの?」
「あーいや、悪い。少し反省会をな。」
力を貸すのなら、情けないところを晒すわけにはいかないだろう。ミニっ子相手に心配させているようではいけない。視野が狭くなることは、世界一危険だ。さあ落ち着けよ問題児・・・
・・・森の霧が深くて視界が曇っていたようだ。
ゆっくり顔を上げた俺は、再度彼女の瞳を見つめる。
「メモ・・・いい名前だな。意地悪してくる人たちも助けるってんなら、そいつは凄いことだ。ミニっ子はスゴイ子だ、頑張ったな。」
単調だが本心を絞りだした言葉と共に、ミニっ子の頭をクシャクシャと撫でる。その表情は変わりこそしなかったが、彼女はしばらくして、口をつぐんだまま涙の色を変えた。本当に微細な変化だが、粒で頬を伝う雫は輝き、俺が照れ隠しのように大きく笑って手を離した時にはもう、ひと時の迷いは消え去っていたように思う。
後悔できる過去はもう過ぎ去ってしまったものだ。反省に変えたら、とっとと忘れてしまおう。問題はこれから解決していくわけだし、苦難が過ぎ去ったということも無いが、それなりの覚悟はできた。
「・・・ま、やるだけやってみるさ。」
そうして幼い少女の想いに感化された俺の元に、奇跡か必然か、やはりそいつはやってきた。
「──私、人探しは得意みたいね」
ご存じ、茶髪紅眼の第三騎士団長である。




