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1話 異端児だからですね!

「あいつら、後で謝ってきたの。最近は結構話しかけてきたりもするし・・・」


「・・・で、思うようにやり返せなかった不満を、俺にぶつけに来たと。」


冷淡な態度の俺に彼女は頬を膨らませ、上目遣いで睨んでくる。


「そんなんじゃない!けど私、助けてなんて言ってないでしょ・・・!あいつらのためにあんたが罪被ってんのだって、あいつら気づいてないんだよ・・・!?」


正当とも言える憎悪を放り捨て、わざわざ問題児の元に親切な助言を伝えに来る。今まで彼女が多くの人を魅了してきたのは、自然に見せるこの表情や態度のせいだということは分かったが、しかし彼女が自分の魅力を発揮すべき相手は、やはり俺ではないように思うのだ。


「・・・お前はなにか勘違いをしているようだからはっきり言っておくが、俺は当然、善人じゃない。助けてなんて言われてないし、お前を助けた覚えはない。飯に邪魔だったから全員追っ払った、それがたまたま人助けになったからと言って、自賛も自慢もする気はない。」


「そ、それでも!あんたが悪者扱いとか、どう考えたっておかしいじゃん・・・!!」


おかしいこと、それを片っ端から否定しようとしたなら、人の心はすぐにでも壊れるだろう。人の心というのはもとより、一握りの愛と希望、それを覆い隠さんとする大多数の『おかしいこと』でできているのだ。


「人が何かをして全部上手くいくことの方が、よっぽどおかしいと思うけどな。もっと簡単なことを言えば、態度が悪かったから嫌われただけだ。結構自然じゃないか?」


と、こぼした後に後悔する。ただ相手を困らせるだけの持論は控えようと思っているんだが、俺も浅はかな野郎である。返す言葉を探して黙り込み、やがて涙目になった彼女に対し、俺は慰めの言葉をかける資格など持っている訳はないのだ。


「じゃあ私はっ!・・・私は、どうしろっての・・・私の代わりに毎日嫌がらせされてるような、誰にも理解されないあんたを放っておけって!?」


彼女の言葉は地獄を覚えており、それだけに重たかったように思う。一番の被害者である自分が助かったのだから、周りのことなど無視して喜んでいればいいものを。どうやら雨宮玲子という存在は、とんだヒーロー気質の大馬鹿らしい。



「その頬、まだ痛むだろ。」


「へ・・・?」


「毎朝熱烈なラブレターを処分するのも、画鋲のプレゼントを生徒会室に返却するのも、大した苦じゃあない。・・・俺にとって一番苦痛なのは、その痣ができる前に鉢合わせられなかったことだ。敵すら助ける馬鹿が虐げられるのを、世界が許してしまったことだ。」


優しい阿呆がいるとして、そういう奴は死後にでも幸せを掴むだろうと、俺はそう思うことにしている。しかしまあ、それが目の前で傷ついているのを、割り切って見つめられるはずもないのだ。


「真田・・・。っ!?───」


突然部屋が閃光に包まれ、視界を光が覆う。


「──なら、転移してみる?」


俺と雨宮の前に、背中に純白の翼を持つ女の子が現れ、神妙な容姿で非現実的なことを言い出すものだから、雨宮は座り込んで口をパクパクさせている。



「・・・神様か?」

「違うよ。ただの天使。」


(敵じゃないと良いんだが・・・)


俺がその蒼い瞳に警戒の目を向けると、指で背中の翼を撫でた少女はニヤリと笑った。


「君たちなんて敵じゃないけど、君たちの敵ではないよ。」


「お手上げだ、何の用で。」


「え?・・・え?」


気が動転している雨宮を差し置いて、天使と会話を続ける。


「君たちが転移の資格を持っていたから現れてみたけど、損した気分だよ。そっちの子はいいリアクションするのに、君は全然驚かない。」


「そいつはすまない、顔に出ないタイプなんだ。」


「心読めてるの分かってて言うんだから、君もいい性格してるよ。・・・ちょっとうるさいから、そんなに連続して考え事しないでくれるかな。」


どうやら俺は、人智を超えた天使に損した気分をさせてしまった挙句、粗末なことを考えて迷惑をかけてしまったらしい。


「ああ。申し訳ない。」


(3.14159265358979・・・)


「うわっ。円周率って・・・。うるさくはないけど、それじゃあまともに会話できな───」


「──静かになったか?」


「うひゃあ!?・・・・・・え?」


意思でも持っているかのようにピンと立つ翼、どうやら上手くいったらしい。


「あんた、並列した思考の全部は読めないんじゃないか?テレパシー対策の脳内ラジオとでも言おうか、強く考えた円周率の下で色々考えればいいのではと思って、前に少し練習したんだが・・・機嫌治してくれたか?」


数字の羅列を脳に刻み付けながら、発言内容を並列してイメージし、口に出す。俺は何の下心もなく尋ねたつもりだが、異質な雰囲気を纏っていた彼女の表情は余裕を失い、人間味を持ち始めたようだ。


「なんでそんな対策してるのさ!びっくりしたじゃない!っていうか、天使はこんな小っちゃいことじゃ機嫌損ねたりしませんー!!」


「そりゃ良かった。・・・っと、話の腰を折ってしまって申し訳ない。そいつの口を閉じてやってくれ」


少し印象が柔らかくなった彼女に安堵の笑みを返してから、俺は頭から煙を発している雨宮を指差して言った。


「そ、それもそうか。」


濁点のない咳ばらいをした天使は、かしこまった口調で語る。


「あなたたち二人は、転移の条件を満たしたので、特典を持って異世界にいく権利が与えられました。この時点で、質問があればどうぞ。」


特典を持って持って異世界に転移?転移の条件?聞きたいことは山ほどあるが、雨宮のペースに任せよう。


「え、えーっと、条件ってなんだったん、ですか?」


「条件について、詳しく話すことは出来ませんが、あなたの心には穢れが少なすぎて、この世界に適応できないから、とでも言っておきましょう。そいつはまあ・・・異端児だからですね!それで雨宮さん。あなたの……」


いきなり俺の扱いが粗雑になったんだが・・・テレパシーを破られたのが結構悔しかったんだろうか。結局根に持っているじゃあないか・・・



それにしても、神仏の類はいるんじゃないかと思っていたが・・・穢れが少なくて、この世界に適応できない、ね。・・・ということは、そういうことなんだろうか。もしそうなら───


「──ラジオ、切れてるよ。さ、説明は一通り終わったから、そろそろ選択してもらいます。特典はこっちで適当なものを選ぶけど、転移するの?しないの?」


「するかな。暇だし。」

「即答だよ」


もちろんのこと、である。抜け出せない泥沼のようなこの世界も悪くないが、もう既に用意されている恵みを受け取らないというのは、まあ時と場合によるのかもしれないが、俺が避けるべきだと思っていることの一つだった。


「私は・・・」


「なるほどね。・・・説明しとくと、

駅に仕掛けられた爆弾を解除して電車に轢かれた雨宮ちゃんのお父さんも、

紛争を止めてテロに巻き込まれたお母さんも、

そこの異端児の両親も、別々の世界だけど、みーんな転生してるよ。」


彼女は事も無げに衝撃の事実を語り、俺は一歩後ずさり、焦るように笑った。


「・・・っはは。・・・そいつはいい知らせだ・・・!」


「そこ、私が出てきた時より驚かない!・・・で、いくなら二人とも同じ場所だけど、決心はついたかな?」


「心、本当に読めるんだ・・・」


にんまりと笑った天使は、ふよふよと雨宮の横に移動する。


「読めるよ。(だから今二人とも同じ場所って言ったときに)───」


「──わああああ!行きます!行きますって・・・!!」


雨宮の耳元で何か囁いたようだが、聞こえるはずもなかった。


「それじゃあもう出発するよ。


・・・雨宮玲子さん。あなたの転移特典は『───』です。異世界でもそのまま、優しい人であってください。」


人間ではたどり着けない神々しさを持つ彼女の言葉は重く、心に直接訴えるものがある。天使の風格を実感した俺は柄にもなく固唾を呑んだ。



「真田誠さん。あなたの転移特典は、『スキル弱化』です。」


「・・・弱化、相手の『スキル』を、か?」


「いえ、あなたが発動したスキルはあら不思議、極限まで弱体化します。」


『スキル』、というのは正直要領を得ないが、言葉の通りに受け取るなら、どうやら俺の何かしらの技能が残念なことになってしまっているようだ。


「っはは、随分とお茶目なキャッチコピーじゃあないか。・・・結構結構、一向にかまわない。使命も何もありやしないんだろう?・・・好きにやってやるさ。」



「へぇ。少しも疑わないんだ。」


・・・正直、疑問ならいくらでもある。しかしながら、不快感や不安感といった感情が全く湧いてこないのだから、やはり天使というのは不思議なものである。


「あんたが用意してくれたものだしな。悪い効果だったとしても、文句を言える立場じゃない。」


「あの、そんなに純粋に尊敬の念を向けられると、すごいハズイから。」


天使は手で俺の視界を隠しに来る。


「・・・悪い。」


「・・・ほ、ほら!早くいくよ!頑張ってね!」


彼女がその身体から放つ、既に教室全体を十分過ぎるほど照らしていた光は、これ以上ない程眩いものになっていく。それは骨をも突き抜けるように激しく、それでいて優しかった。彼女は大きく広げていた翼を少しすくませて、綺麗に整った顔をほんのり赤らめながら言った。


「・・・特別に、二つだけ教えてあげる。さっき円周率が止まった時に君が考えてたことなんだけど、こっちの世界にも、『希望』はあるよ。目つきは鋭いのに、優しいんだね。・・・あと一つ。

・・・私の名前は、『シアン』。覚えて・・・おかなくても・・・いい。・・・じゃ、いってらっしゃい。」



──────



───



名乗ることに特別な意味があるのかどうかなど知らないが、シアンという名前と、青い宝石の瞳をした彼女の顔は、忘れそうになかった。

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