16話 今この瞬間こそ動いて見せろ
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(ステップ・・・・・・頭が痛い・・・)
森の湖の奥底。深い蒼と闇の中、ただ水音が耳に響く。水は凍り付くほど冷たく、生きている感覚が薄くなる。地面を蹴る動きであるステップの応用で何とか水中を動いているが、重りを持った着衣水泳は正直得意ではないし、神経が麻痺して平衡感覚が保てない。高校の制服がジャブジャブと水を吸っているし、かなりの速度で着水したため水深の影響で耳が痛む。思うように動かない全身に、憤りすら覚える。
(・・・いや、知ったことじゃあない。)
なるべく衝撃が伝わらないように意識したつもりだが、溜めた息も長くは続かないだろう。一刻も早く、何ならこのミニっ子だけでも水面まで上げてやらなければならない。彼女は幼く、『苦しい』という感情を持つには早すぎるはずだ。
(今この瞬間こそ動いて見せろ・・・さあ急げ、人殺し・・・。)
ずっと箒を掴んでいた右腕に上手く血が回っているはずもなかったが、それでも構わず、俺にしては珍しく、我武者羅に水を掻いた。
「──ッはっ!!、ハァッ、はぁっ!・・・・・・はぁ。ミニっ子、生きてるか・・・!?」
あらゆる感覚が麻痺しているようだが、ギリギリ足がつく浅瀬で声をかけ、重い足を岸に向けて運んだ。彼女の呼吸を確認してから芝の上に横たえ、制服の間に挟んでいた箒を引き抜いてそっと乗せる。
「・・・こいつ、大事なものなんだろ・・・?」
箒から手を離してさっさと捨ててしまえば、彼女の魔力が届かなくなるところで暴走は止まっただろう。それをしなかった理由は、この掃除用具が彼女にとって特別なものだからだ。
「・・・あり・・・がと。」
目を閉じたまま答えた彼女は、気のせいかもしれないが、涙を流しているようにも見えた。それを見るのと同時に強烈な脱力感が俺を襲い、そのまま彼女の横に倒れる。
仰向けになって空を眺めると、星のない空に大きな月が一つ、音も立てずに湖を照らしていた。
特にそれと関連しているわけではないが、まだやるべき事は残っている。
濡れ切った鞄から『魔物避けのルーン』を取り出し、少女の手に握らせる。効果を見たことが無いため気休めでしかないが、それなりの働きをしてくれることを願おう。
「・・・これ・・・なに・・・?」
「とりあえず持っておくんだな。・・・・・・んじゃ、獄炎術───」
鞄から取り出した薪は全く濡れておらず、獄炎術で何とか引火できた。鞄の中がどうなっているのかは考えどころだが、ひとまずありがたいと思うのみにしておこう。
ミニっ子にはかなり前に購入した服を渡し、それぞれで着替えて焚火の横に干す。「服を脱がすからばんざいして」と声をかけてみたが、どうにも気に入らなかったようだ。なにか不機嫌になった彼女に少しの疑問を持ちながら暖を取り、その間は疲れもありほとんど話さなかった。唯一彼女が口にしたのが、
「それはヘルフレイムじゃない・・・・・・プチフレア」
というありもしない魔法名を使った皮肉だった。彼女は幼いながらもユーモアのある発言ができるようだ。口調、雰囲気共にどことなく親近感を覚え、やはり話しやすかった。まあ感心こそしたが、彼女についての質問をするほどの気力は残っていなかったのも事実ではある。
「一応聞くが・・・腹は」
「へってない。ねむい」
「そいつは話が早い。ミニっ子はもう寝る時間だからな。その毛布でまだ寒かったら言ってくれ」
また少し不機嫌な表情を残して、彼女は毛布にくるまりつつ言う。
「・・・おまえ・・・・・・かほご」
「・・・そうか?」
「そう」
即答した彼女に首をかしげながら、地べたに寝転ぶ。睡魔と一時間ほど闘い、魔物が出てくる気配がないことがほぼ確実だと思った直後、俺は泥のように眠った。
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