9話 そういう風にできている
「・・・さあ、お頭さんぶっ倒れてるけど・・・まだやるか?」
残留する黒い霧で、昼下がりの日光は地面を照らすことを諦めているようだ。貧民街ながらも確かな生命力と活気を持っていた町門前は一転、廃墟のように虚しく、季節の色が落ち切った空っぽの風が吹き抜ける。
「何言ってやがんだァ?七対一でやらない理由なんてあるか。」
虚勢も虚しく、取り巻きは俺を囲んで黒い目を向ける。
こいつらは仲間がやられたとは思っていない。ただ人数差が減ったと、そういう認識なのだ。
護るものもなく、通すべきと定めた信念も持ち合わせていない。だから縛られるものもなく、自由に動くことが出来る。実に合理的な発想だ。しかも世界は、それがかなり通用するように、そういう風にできている。しかし、だからこそである。
「・・・・・・それなら証明しよう。今のお兄さん方じゃあ、俺一人にすら勝てないってな。」
「そうかよ。・・・死ねェっ──!!」
身体能力が大幅に強化された取り巻きは隠し持っていたダガーナイフを懐から取り出し、大げさな歩調で突っ込んでくる。鋭利な切先は恐怖を煽り、やはり得物を持つにこしたことは無いのだ。
(ステップ)
自分から刺さりに行くように正面から踏み込み、ギリギリで体を、捻る。
「がァッ──!!」
紙一重でナイフを避けながら一発喰らわせ、できた隙を縫うように包囲網を抜け出す。
「・・・あと六人だ」
一言挑発して走りだすと、棒立ちしていた取り巻きたちは一斉に血相を変える。
「逃がすな!追えぇぇ!」
ベタな台詞だ。焦って思考力が鈍っているんだろうか。どちらにせよ、この相手なら容易に逃げ切れるだろう。非常に傲慢ではあるが、普段から第三騎士団長を撒いている俺から言わせれば、この相手は意志が浅くて取るに足らないのである。
だが生憎ながら、今の俺に逃げてやる気はなかった。
「これで二つ・・・!」
曲がり角で待ち伏せて一人、反応される前にもう一人を倒して再び走る。
「死ぬのが怖くねえのか・・・い、イカれてやがる!」
「・・・馬鹿言え」
・・・生命活動の停止に恐怖はない。心の『美学』を失うことこそが本当の死だ。
と、そう思っていた。───
「曲がり角だ!!気を付けろ・・・っ、いない!?」
「おい!上だ!!」
「三つ・・・!」
───そう、割り切った気になっていたが、自分に酔っていただけだったらしい。
「実際、結構怖かったさ。・・・」
・・・まあしかし、なんとかなりそうだ。
「どいつもこいつも一撃でくたばりやがって!!」
「お前もくたばれ。火炎術・・・!!」
「なにっ───!?ぐあぁっ──!!」
「四つ!」
ハッタリの利く相手は楽でいい。身構えて上半身を守ったところを思いきり蹴り上げてやると、いとも容易く崩れ落ちた。
そして、何より拍子抜けなのが、一人倒すごとに相手の動きが鈍くなっていることだ。今までの機敏な動きは、身体能力強化魔法の重ね掛けによるものだったのだろうか。どちらにせよ茶髪紅眼の団長よりずっと遅かったので、さほど気にはならなかったが。
「五つ。」
大分弱まった五人目を仕留めて、最後の一人と対峙する。
「ま、待った!!俺は一緒にいただけで、何もやってないだろ!?」
清々しいほどの被害者面だが、おそらく本気で言っているから、更にたちが悪いな・・・まあ、必死の足掻きを無下にして殴り飛ばすのは気が引ける。
「・・・なるほどな。・・・それなら仕方ない。俺もお前も足掻き途中だ。これから頑張っていこうぜ。」
男の肩をポンと叩き、できる限り格好つけて立ち去る。
「───甘いんだよ!死ねぇ!!──」
──鈍い音は、昼間の街に響きもしない。
「──だから甘いんだ。美学が足りてない。・・・自分だけ良ければそれでいいんだ。お前も・・・」
案の定奇襲を図ってきた。本当に救いようがない。真に雑魚と化した六人目を速攻で倒して、俺は路地に入った。
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自己本位の自己陶酔。お前も俺も、やっていることは同じだ。やはり、救えない。
「くっ・・・。流石に応えたな・・・」
汚く暗い路地裏に座り込む。
正直、死を実感する痛みはあの呪いが初めてだった。
少々手こずって消耗したし、死の危険もすぐそこにあった。
一言でいえば、満身創痍だ。
・・・音が聞こえなくなってきた。匂いももう分からない。
意識が朦朧としたまま首を後ろに倒すと、多分凄く青い空と、凄く白い雲が見えた。細長い長方形の黒い額縁に、別世界の景色が描かれている。
「・・・・・・怖かったし、痛かった。・・・ほんと・・・救えないよな・・・。」
「───もう、大丈夫だよ。」
紅い瞳の少女が、空と共に映った。




