4 追跡者
サイクラーの中にはただ一つの目的のためだけに走りつづけている者もいる。アリは遠いふるさとの町をただ一人出発してもう何年も町から町を渡り歩いている。出発するときに親類縁者から出発資金として渡された金品はとうに底をつき今では物乞いをしたり農民の真似事をしたりしてどうにか命をつないでいる。どこかの町に定住して仕事を持つか、どこかの村の仲間になり収穫作業に加わりその村に定住すればどうにか食うには困らない生活をできるだろう。そうすれば毎日苦しんでいる食料の心配することもなくなる。ときどき湧き上がってくるそんな考えを恐怖とともに振り払った。アリに安住の地はなかった、アリは追跡者だった。最近体力が落ちて追跡できなくなる不安が日に日に大きくなってきていた。もう出発して十年が過ぎようとしていた。
靴の中に隠し持った一本の小さなナイフ、その手入れだけはどんな日も欠かさなかった。そしてそれを相手の急所に突き刺す訓練も。
「たすけて」
若い女のサイクラーだ。両端をごろつきのような男たちに挟まれて動きが取れなくなっている。追いはぎが強盗かそんな類のやつらだ。安全な一般ルートからだいぶ逸れた沼地付近でほかのサイクラーたちがまったく寄り付かない場所だ。
何でこんなところを女一人でとアリは思うがそれ以上の気持ちは湧かなかった。誰がどこでどんな目に遭おうがまったく関係がないことだ。下手にかかわって怪我でもしたら自分が動けなくなってしまう。それだけは絶対に避けなければならない。アリは彼らに気が付かれないように速度を落としゆるゆると進路を変えた。
女の引き裂かれた衣服が飛んできてアリの顔を掠めた。
「きゃー」
「おい、おとなしくしろ、悪いようにはしないからさ、へへへ」
その悲鳴や脅し文句は耳には入ってきたがアリにとっては無意味なただの音だった。アリが彼らの死角を慎重に走行しながら大分離れてもういいだろうと思ったときだった。
「おい、そこの奴」
はるか遠くから声が響いてきた。
ちっ、アリは舌打ちした。知らず知らずに彼らを見まいという気持ちが働いて視線を逸れせてしまった。彼らの死角から外れて、見える位置に入ってしまったのだ。アリは彼らと並行して走っているがまだ追い抜くには距離があった。
アリは聞こえない振りをして遠く離れた所をすり抜けようとハンドルを切り速度を上げた。四人の男達のうち二人が急旋回してアリの進路を塞いだ。残りの二人は女のサイクラーを抑えている。
「待てよ兄さん。挨拶なしかよ」
「俺には関係ない」アリは言った。
「ほうずいぶんだな。女の子が助けを求めているんだぜ。ほって逃げるのか」
こいつら殺す気だ。顔とサイクルを見られているのだから当然だな。
アリはすばやく前を塞いでいる二人と女を押さえている二人の様子を見極めた。前の二人は後ろにいるこちらが有利だ。アリは横に並ばれないようにわざと追い抜くような仕種を繰り返した。前の二人はそのたびに抜かれないようにアリの前に廻りこむ。問題は女を抑えている二人だ。アリよりやや後ろを走行している。前後から挟み撃ちされたらこんな奴らが相手でも危険が大きくなる。後ろの二人がどう動くが問題だ。先に後ろの二人だ。奴らが女を離す前に、油断しているうちに片付けよう。女を助けることは計算に入っていない。
アリはいきなりユーターンして後ろの三人に体当たりした。真ん中を狙ったのだが逆走のため暴風にあおられて照準が狂った。左側の男の顔にアリのサイクルの前輪が食い込んだ。男はハンドルから手を離し落車して道に転がった。乗り手を失ったサイクルは背後からの強風にあおられてひらひらと宙を舞った。すんでのところでそれをかわしたアリはバランスを崩して無防備な状態になった。ところが反対側の男は驚いた拍子に抑えていた女のサイクルのハンドルから片手を離し自分のサイクルのハンドルを掴もうとして掴みそこなった。振り下ろした片手はハンドルの下の何もない空間を掴み顔がハンドルにぶつかった。前輪が横向きになりサイクルごと男は回転した。勝手に消えてくれた。男の手から離された女のサイクルは斜めになり道の上を急角度で滑走し始めた。相変わらず女は悲鳴を上げている。その悲鳴がアリの助けになった。前の二人は含み笑いをしてゆっくりと後ろを振り向いた。アリはそのときはもう体勢を立て直して前にいる二人に襲い掛かった。猛烈なダッシュをかけて前輪を跳ね上げて振り向きかけた左側の男の首筋に降りそこを支点にそのまま車体を右にひねり右の男の顔に後輪をぶつけた。そのまま横に一回転して二人の前に着地した。二人の姿が視界から消えた。アリは体制を建て直し真っ直ぐに直進してサイクルの具合を確かめた。
大丈夫だ、どこも痛んでいない。ほっとしてアリはそのまま走り続けた。
ちらりとバックミラーを見た。遠く後ろのほうで女のサイクルがどうにか体制を立て直してゆらゆらと進んでいる。男たち四人の姿は影も形も見えなかった。アリは速度を上げて次の町へ急いだ。




