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カラコンでファザコンする  作者: ぶっかけチキン
1/3

ナツ

 足音を立てずにそーっと、そーっと、まるでくノ一のように忍び寄る。


 相手は身長180センチメートル超えの大柄な男だ。忍び寄っていることに気が付かれたらただでは済まないだろう。


「ぉ......とぉーおーさん!」

「うわぁ!」


 背後から飛びつかれた男は飛びついた女と共に盛大に転んだ。


「いたた、なんだナツか。まったく」

「えへへ、おはよう。おとうさん」


 それは一般的な家庭の姿とは少し離れた親子の朝の光景だった。


叱責中、叱責中・・・


 改めてイスに座り、大好きなおとうさんのご飯ができるのを待つ。


 スンスン、スンスン......これは! 香ばしくパンが焦げている匂いと甘い、甘ーい蜂蜜の香り......おとうさん特製のフレンチトーストだ!


「おとうさん! 早く! 早く! ナツ、もう待ちきれないよー!」

「もうちょっと待って。すぐにできるから」


 そう言いながら、おとうさんはヘラを巧みに使いトーストをひっくり返していく。ヘラを動かすたびに煙がこっちの方へ舞い、食欲をあおってくる。いや、煽ってくるというよりはそれは拷問に近かった。


「むぅー! もう待てないよ! 早くお父さんのフレンチトースト食べたいー!」

「いや、少しくらい待てよ......じゃあ、ハルを起こしてきてくれる? 戻ってくる頃にはできてると思うから」

「わかった。ハルを起こしてくればいいのね? そんなの朝飯前よ!」

「本当に朝飯前なんだけどな......」


 二階へ上がりハルの部屋へ向かう。


 ハルは私の双子の姉だ。姉なはずなんだけど......実際はいつも部屋でぐーたらしているだけのニートで、姉の威厳なんてものは一ミリもなかった。現に今も妹の私が起こしに行ってあげてるしね。


 まあ、かく言う私も家事を一切していないんだけどね。おとうさん大好き! てへぺろ!


「ハール! 起きて! 遅刻するよ!」

「んん、まだ寝る」

「もぉー!」


 早くしないとおとうさんのフレンチトーストができて冷めてしまう。


 焦った私は実の姉の顔面をつねって伸ばして、ぐしゃぐしゃにしていく。しかし、そこまでしてもハルの瞼が開くことはなかった。


「むぅーパパ......むにゃむにゃ」


 うう、こうなったら、


「早く起きないとおとうさんに嫌われるよ」


 本当はおとうさんに嫌われるなんて言葉嘘でも使いたくなかった。だってそれは自分が言われる中で一番嫌いな言葉だから。


「そ、それは困る」


 案の定、その言葉に反応し自堕落な姉とは思えない速度で起きあがる。


「さあ、妹よ。一緒にフレンチトーストを食べに行こうじゃないか」

「うん! ......って、嗅覚いいな!」


ハルナツ姉妹移動中・・・ハルナツ姉妹移動中・・・


「おはよう、パパ上」

「おはよう、ハル。ほら、ナツ。本当にピッタリにできたぞ」


 手を大きく広げ踊らすように料理を運ぶおとうさん。その姿はまるで本物のウェイターのようだった。


 部屋中に香りが広がり、よだれが零れ落ちそうになる。


「おお! 流石おとうさん! 大好き!」


 私は抱き着きおとうさんの頬にキスをする。


「ほ、ほら! じゃれるのはいいから座って」


 そう言い、私を突き放す。


「むぅー」


 邪険に扱われた私は頬を膨らませ気持ちを伝える。


 じゃれているわけじゃないのに。


「妹よ。家族間にもパーソナルエリアというものがあるんだぞ。わかったら座れ」

「何よ! ハルだって週二でおとうさんの布団に潜り込んでいるじゃない!」

「週二じゃない。週三だ」

「もっとじゃない!」

「まあまあ二人とも」


 私たちの口の中にフレンチトーストを突っ込むおとうさん。その姿はなんだかごまかしているようにも見えた。


 むー......おいしい......


「......ナツ、俺は」


 おとうさん?


「そういう......スキンシップだとか、じゃれてくることを嫌だと思ってないから。むしろこんな俺に隔てなく接してくれて嬉しいと思ってる。ただ——」

「大好き!」


 私はたまらずおとうさんに抱き着いた。


「またお前は! ナツはスキンシップが激しいし、多いんだよ!」

「えへへー知らなーい」

「ったく、お前は。あっ、もちろんハルが夜布団に入ってくることも気にしていないからな」

「うん......ありがとう。パパ上」


 これだ。おとうさんは不器用ながらも私たちのことをちゃんと考えていてくれている。だから、私達はおとうさんことが大大大大好きなのだ。


「えへへーおとうさんー」

「お前は早く、離れろ! 遅刻するぞ!」

「いたっ!」


 パパチョップだ......


ハルナツ姉妹学校へ・・・ハルナツ姉妹学校へ・・・


 私が通っている学校は家の近くにある私立高校でスポーツ推薦に力を入れているスポーツ学校だ。私も陸上のスポーツ推薦で入ったクチで毎日厳しい部活動に追われている。


 スポーツ推薦と言っても私立高校だ。学費はバカにならない。しかし、おとうさんは「そんなことを気にしないでナツの行きたいところに行きなさい」と優しく言ってくれた。おとうさんは優しいだけではなく、懐も広いのだ。ハルも私と同じように設備がそろっている私立高校に来ればよかったのに......


 というのもハルは家の近くの公立高校に進学をしたのだ。なんでも「私は特にやりたいこともないし、早く家に帰りたいから」ということらしい。ぐーたらなハルらしいと言えばハルらしいが、もうちょっとおとうさんに甘えても......十分甘えているか。


「ラスト一本!」

「はい!」


 コーチの号令がかかり部活全体が仕上げに入る。


ナツランニング中・・・ナツランニング中・・・


「ありがとうございました!」


 軽いミーティングが終わり、解散になる。しかし、わたしの部活動はまだ終わっていなかった。


「コーチ」

「どうした篠宮」

「居残り練をしたいのですが」

「またか。今日で今週三回目だぞ? 体は大丈夫なのか?」

「はい。大丈夫です。早く結果を残しておとうさんを喜ばせたいんです!」

「そうか。無理せずがんばれよ」

「はい! ありがとうございます!」


 一礼をした後、コーチは職員室へと消えていった。


 よし、許可も取れたことだしもう少し走ろう。


「ナツー?」


 背後から私の呼ぶ声が聞こえる。この声は、


「有海」


 新庄有海。一年生からクラスが同じで部活では私をライバル扱いして競い合ってくる仲だ。


「ナツ、居残り練するの?」

「うん。そのつもりだけど」

「あんた疲れないの? そんなに部活やって」

「別に。楽するためにやってるわけじゃないし」


 私はおとうさんに褒められるために......


「ふーん。じゃあ、私もやろ」

「げっ」

「げって何よ! げって!」

「ははは、冗談だよ。じゃあ、やろ」

「うん」


ナツアミ走り込み中・・・ナツアミ走り込み中・・・


「そういえば、さっきの聞いてたんだけど」

「ん? なに?」


 「はぁはぁ」と荒い息を吐きながら有海と会話を始める。普段の練習中ではこんなことをしないが、今は自主練だ。少しくらい肩の力を抜いてもいいだろう。


「お父さんを喜ばせたいって言っていたけど、もしかしてファザコンなの?」


 いたずらな表情をする有海。私を揺さぶっているつもりなのか?


「そーだよ」

「え?」

「私はおとうさんが大大大大好きだよ」

「そうなんだ......」


 走っている風の音だけが二人の間に流れる。


 え? なんで気まずい空気になっているの? そっちから聞いてきたくせに。


「実はね、私ね......あんまり両親と仲良くないんだ」

「え?」


 突然神妙な表情で話し始める有海に私は思わず声を出してしまう。


「私には姉が一人いてね。その姉が驚くほどに優秀なんだ。すべての物事に対して」

「そうなんだ......」

「だから、小さい頃からよく比べられることが多くてね。それでぐれちゃったんだよね私......。今日ナツと一緒に居残っているのも、きっとそれのせいなのかな」

「......」


 それぞれの家庭に他人には踏み込めないそれぞれの事情があるのだろう。私から言えることは......


「あ、有海——」

「あ! いっけない! 今日デートの日だった! てへぺろ」

「はぁ!?」

「っていうことでバイバイ。ナツ」


 そう言って走り去ってしまう有海。


「今までの全部嘘だったの!?」


ナツ後悔中・・・ナツ後悔中・・・


「さて、もう遅いし帰るか。あっ」


 切り上げて帰ろうと思った刹那、額に一滴の水滴が垂れる。


 雨だ。


 考える暇もなく雨が激しくなり容赦なく私を襲う。私は急いで部室へ行き着替えをする。


 しまった。天気予報が夕方から雨が降るって言っていたことを忘れていた。でも、こういう時のために折りたたみ傘が、


「あっ、傘ない」


 家を出る時にハルに貸してあげたんだった。


「......」


 仕方ない。走って帰ろう。自主練の続きだ。雨宿りしていた屋根から顔を出し、走り出そうとしていた時だった。


「おい、ナツ。迎えに来たぞ」

「おとうさん! 大好き!」


ナツ抱きしめ中・・・ナツ抱きしめ中・・・


「今日の部活どうだった? 楽しかったか?」

「うん! 楽しかったよ!」

「そうか。それはよかった」

「ふんふんふんー♪」


 困っている時にちゃんと迎えに来てくれるなんて! 流石おとうさん! 


「ねぇーおとうさん」

「なんだ?」

「今日の晩御飯何?」

「なんだと思う?」

「生姜焼き!」

「ぶーはずれ」

「えーじゃあ、親子丼」

「ぶーまたはずれ。ヒントはナツの好きなもの」

「えーそれじゃわかんないよ。じゃあ、唐揚げ」

「ぶー」

「じゃあ......」


・・・


「ただいまー我が家」


 家に帰ってきた私は勢いよく玄関に駆け上がる。


「ナツ、体冷えたと思うから先にお風呂入っちゃいなよ」

「うん。わかった」


 向かいに来てくれただけじゃなくて私の体まで心配してくれるなんて、おとうさん素敵!


「あっ、いけない。先に外さないと」


 私は服を脱ぎ、浴室に向かう。黒色のカラーコンタクトレンズを外した後に。




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