もう世界に俺しか生き残ってないし折角だしゾンビになってみよう
錆びた缶。窓から侵入してきたくすんだ薄橙の光が、俺を薄っすらと照らす。
(…食料が、尽きた。)
毛布代わりの外套をどかし、窓から外の様子を伺う。ゾンビ共はこんな時もぼーっと立っていて、こうして見るとただの酔っ払いのようにも見える。
俺は他人の非存在からぼうぼうになった髭を撫でて、窓から太陽を見る。輪郭怪しく登る白輪。それを見て涙が、頬を伝って、髭に到達した。
髭に触れて、指に涙が染み渡るのを感じ、やっと、自分が生きる気力を失っていることに気づいた。人に会っていないからだろうか。
今まで生き残ってこれたのは、それを必死に否定してたからだ。俺は今、それを認めた。心が折れた感覚とともに、脱力感を伴う絶望に似た安息感が俺を包み込んだ。
…何をしようか。護身用に持っていたククリで、自殺でもしようか。それは嫌だな。ゾンビよりも醜い最後になるし、死臭はゾンビを引き寄せる。
じゃあ、ゾンビにでもなってみるか。そう思い立った俺は、根城としていた廃工場の2階から下りた。
唐突な思いつきは、しばしば非論理性を孕む。ゾンビの前に立った時、ふとそんな事を考えた。
思いついた当時はいいアイデアに思えたが、いざ「奴」を前にするとそんな気持ちは全てぶっ飛んだ。
醜く蛆に蝕まれた頬、乾燥した皮膚、どろけた瞳。人類が本能的に忌避する存在がそこにいた。
帰ろう。もう少しだけ、生きれる筈だ。そう思い踵を返すと、ゾンビが大口を開けて俺に噛みつかんとしていた。
「なっーー」
それを見て、ククリを振ろうと思ったら、もう噛みつかれていた。
ゾンビは肉食ではない。本体はウィルスであり、そのウィルスを感染させるため噛み付くのだ。
だから、俺の肩は噛みちぎられない。苦痛がこれ以上増えることもないのだ。
俺は深呼吸をして、ソンビを観察した。奴は肩から口を離すと、覚束ない足取りで通りの反対側へと消えていった。
肩がじくじく痛む。ウィルスが入り込んでるのだろう。
俺は何か切れたような感じがして、道に座り込んだ。なんだか、どうでも良くなってきた。
少しづつ正気が失われていくのがわかる。脳みそがぼんやりとしてくる。このアホみたいな自殺が終わるまで、あと数十秒。
目を閉じて、その時を待っていたが、一向に意識がなくなる気配がない。もしかして、ゾンビたちにも理性が残っていたのか?だとしたら、俺は無辜の一般人を何人も殺したことになるな。
「それは嫌だ、な。」
それが思わず口から出て、俺は体の自由があることに気づいた。どういうことだ?目を開けると、そこはゾンビ共が闊歩する前の裏路地だった。
夢中で表通りに出ると、人々が行き交っていた。誰もこちらに敵意を向けず、誰もゾンビに怯えてる様子は無かった。
「……ッ」
だめだ。この状況を誰かに聞きたかったが、長らく人と話していないせいで声が出ない。
「大丈夫ですか?」
こちらを覗き込む人がいた。彼女は心配そうにこちらを見やっている。
俺は心配されているのだ。と、理解した瞬間。膝の力が抜けて、泣き出してしまった。
忘れていた。人の心配が、こんなに心地よいなんて。
「あの……」
彼女が俺を訝しげな目で見ている。すまない。困らせてしまって。少しの間、泣かせてほしい。




