【魔法をかける】
気がつけば溶岩の水面を眺めていた
どれくらいこうしていたのだろう
ここに送ってくれたカバのようなサイのような生き物の姿は見えない
「ははは…」
脳が考えるのをやめていた
気力もない、気概もやる気もない
生きているのも辛いのだ
最後まで名前を知らなかった彼女
言葉が通じなくてもそばに居てくれるだけでよかった
彼女の微笑みだけでどれだけ救われたか
通じないなら通じるように学べばいいんだ
あぁ、しかしどうだろう、もう彼女はいないのだ
ぐぅ…
腹が立つ、こんなにも生きているのが辛いと言うのに、腹はなり、食べ物を欲する
アイテムを取り出す
青いキノコだ
…何もかも彼女が関連して思い出してしまう
…このまま落ちてしまえば
溶岩に身を投げれば
楽になるだろうか
よろよろと立ち上がる、体に力が入らずにゆらりと倒れてしまいたい
フラフラと階段状の土を登っていく、踏み外して転げ落ちないだろうか
ノロノロと歩いている、拠点に着く前に骸骨やらに襲われないだろうか
いつの間にか青い土地が見えてきていた
無事に、帰ってきてしまったようだ
「……はぁ」
ここまで自分の気持ちがややこしくなると色々と考えも生まれる
プラスに考えたり、運命のせいにしたり、引き裂かれた恋愛物語なんて考えたり
あぁ、鬱だ…
拠点に戻ってきた
ここにはほんの一瞬彼女と触れ合った思い出がある、そんな一瞬のような出来事を拠り所として縋って、生きていくのだろう
拠点の地下へと続く道を少し進むと中から物音が聞こえた
………盗賊?
世界観のせいか鍵はかからない
空き巣に入るのも楽だっただろう
全身の血が騒ぎ始める
ここは、守るのだと
それこそここが無くなったら生きながらに死ぬだろう
心の最後の防壁だ、全身全霊を持って、盗賊を仕留めよう
斧を利き手に、剣をもう片方に
息を殺し、足音を殺し
地下の部屋の手前にたどり着く
扉はない
鼓動が早くなる
ここを守るために…やらないと
勢いをつけて部屋の中に飛び込む
斧を振り上げ剣を突き立てれるように構えて…
あの、女の子と、再び出会った
◇
体が硬直し、動かない
脳が痺れたように思考停止している
「ア…アウァ…こん二チハ?シャベレテル?」
「あぁ…」
涙が零れた
無意識に斧も剣も手持ちに消して
彼女を抱きしめた
抱きしめることが出来た
本物の彼女を自分は今抱きしめていた
涙は止まらない
色々な考えや疑問が浮かんでは消えていく
そんな疑問、いまこの場、現在現状、彼女がここにいれば些末なことだ
二度と失ってなるものか
体が熱をもつ、感情が溢れるようだ
かつてここまで幸せになったことがあるだろうか、いや、ない
「あぁ…あぁ…よかった、よかったよ…」
彼女の手が優しく頭を撫でていた
◇
「……あの」
「…」
「なんで抱きしめられてるのかわかんないんだけど」
「…」
拠点で目が覚めた私は、彼が戻ってくるのを待った
しろクラゲにはやられたが、拠点に貯めてあった経験値で
彼の言語を私に対して【魔法をかける】をしたのだ
準備完了と待っても彼は一向に戻ってこない
ピグの案内で溶岩に落ちることは無いはずだけど…なんなら私がよく使う場所に降ろしてくれたはずだ
暇だからと散らかりに散らかっている部屋を掃除していたら彼が帰ってきた
おそい!なんて声をかけようとしたら彼は斧と剣を振りかぶって襲いかかってきたのだ
一瞬驚きこそしたけど私を見た瞬間にまるで死んだ人でも見たような顔になり、急に制止して硬直した
あの勢いはもしかしたらまた死ぬかもしれなかった、うん、心臓がドキドキいってるよ
次の瞬間に私は抱きしめられていた
どんな身体能力してるんだって動きで何されたのかわかんなかったけど普通に抱きしめて、彼は泣き出した
……あれ、デジャブ
そして今、嗚咽が止まりしゃくり泣いていた彼も落ち着いたようだ
「その、そろそろ離して欲しいかなぁって、あ、いや、嫌なわけじゃないよ?その、えっと………あの?」
ん?彼が動かない
「…おーい?」
ぐいと手を退けると彼が後ろに倒れて行った
「……はっ!?」
そのまま背中からビターンっ!と倒れる
「ほっ!?…え、気絶してる!?」
彼は幸せそうに気絶していた
「えぇぇ……」
道中そんなに厳しかったのだろうか
まさか黒い骸骨でも出た?
…まさかぁ
◇
「……はっ」
目が覚めた
寝かしつけられているようだ
随分と幸せで寝覚めがいい
「…あぁ、拠点に戻ったのか
これで彼女との再会が夢オチだったら死んでやろう…うん」
ちらりと見えたのだ、彼女の頭が
なぜ一緒に寝ているのか分からないのだが
…彼女が生きていることに違いはない
「あぁ、本当に、本当によかった…
なんで生きているのか」
まるで抱き枕のようにして彼女を抱きしめる…寝ているからそっとだが
「実は死んでなかったとか?…しかし溶岩には落ちていた…キミは理由を知っているのだろうか
この世界は分からないことばかりだ
…ただ君さえいればそれでいい」
思わずクサイセリフを零してしまったが
こう男に抱きしめ続けられるのも暑苦しいというものだろう
相変わらず時間は分からないが
「もしかしたら寝床がここしか無かったのかもしれない…それは申し訳ない、直ぐにどこう」
彼女からゆっくりと距離を置こうとした時
急に彼女の頭が動き、こちらを見た
「…あの、ゼンブ、きこえテタ」
顔を真っ赤にしながら彼女はそういった
「…おぉ、喋れるのか…………え?」
ぐるぐると思考が廻る
何か考えて何も思いつかず
口がパクパクとして変な汗が出てきた
息苦しい
「何を喋ったのか覚えてないぞ…!?」
「反射で喋っていた気がする
脊髄で言葉にしていた気がする
そもそもゲームの世界にそんな細かい設定あるのか知らんけど
やばい、恥ずかしいことを零したことは覚えている、何がやばいのか分からないが
セクハラで訴えれるのではなかろうか
負ける自信があるぞ、自分
散々抱きついた記憶があるしみっともなく泣いた記憶が、記憶しかないが
どうする、いっそ告白するか?
恋人関係ならセーフだろう、うん
………あっ」
「ゼンブ、ゼンブくちにダシテマス」
彼女はそういうと持ち物から出したのだろう皮の大きな布を広げて、寝床の上で丸まった
一瞬の静寂のあと
顔だけ出してこちらをみる
「わ、わたしなんかでヨケレバ…ヨロシク……っ!」
彼女は寝床から飛び跳ねてものすごい勢いで隣の部屋に駆けていった
「え…っと、よろしく?」
実感がわかずに呆然としていたが
思考が追いついてくる
どうしようもなく嬉しくなって中途半端な膝立ちになりかけの状態で自分はガッツポーズをしたのだった
とりあえずハッピーエンドにしときましょ
次回で終わる予定ですが締め方を未だに悩んでます