聞こえたのは悪魔の鳴き声
最初に少しだけ視点が変わります
私は目が覚めるといつもの洞穴拠点に戻ってきていた
持ち物もなく、何も着ていない
「…あー、全ロスだぁ…いや、あの剣は燃えないんだっけ…遠いなぁ」
辺りを見渡す
洞穴拠点はだいぶ荒れていた
侵入され、金目のものを漁られたような様子だ
「…この世界に誰か来た?」
黒い髪をいじりながら女の子は辺りの様子を調べ始めた
部屋はとにかく物が散乱していた
しかし、この部屋にろくな物は置いていなかったはずだと
不自然に思いながらも奥の草を敷き詰めただけの寝床に向かう
こちらは出た時同様に綺麗なままで不思議に思う、加えて箱の中身が取られた様子もない
「…愉快犯?」
女の子は疑問を覚えながらも持ち物に箱からアイテムを詰めてゆき、皮を繋いだだけのボロのワンピースを着た
洞穴拠点から出ると以前とは景色が随分と変わっており驚愕を覚える
洞穴の入口は地下に向けての階段状で登った先はちょっとした小屋になっていた
箱と出入口、作業机を効率よく使うためだけの小屋ではあるが明らかな人の手によるものだ
「…あっ、この前男の人を助けたんだった」
言葉の伝わらない男性が、この世界に訪れていたのを覚えている
ずっと驚きっぱなしの様子だったので探索の邪魔になるだろうと思いこの拠点に置いていったのだ
言葉の伝わらない男性が少し怖いというのもあった
まぁ、放置とも言うが
小屋を出ると青い土地に出る
以前は木々が鬱蒼と広がっていたはずだが
土地は整備され起伏のない平らな土地に、青い木は植林され、一角ではキノコの栽培がされていた
「え、すっごい」
生活に不自由のないように整備がされていた
すると女の子が看板に気がつく
「…ん?えっと…」
『初日に助けてくれた女の子を探しに行ってきます、虱潰しに探すので当分帰ってきませんが荒らさないでください』
「…読めないや」
女の子は読めない文字列を解読するのを諦めると道半ばで倒れた所をめざして歩き始めた
◇
赤い土地は青い土地と比べ、死の香りが濃い
足を取られる土に踏み入れたときに弓を持つ骸骨に襲われた時は危うく死にかけ
靴底を焼き削りながら歩かざるを得ない地面
物理法則を無視した唐突な谷
そして急に現れるシロトウフ
シロトウフはこぞって追いかけるようなことはしてこないが、見つけ次第火の玉をうち放つため、目印の青い柵を木っ端微塵にしてくるのだ
走って逃げる時に視界が開けたと思えば急に崖になっていた時もある
見えているのに一寸先が闇とは、厄介極まりない
それでも何とか穴蔵を中心に円形に探索ができている
簡易的な地図も作れている、ほとんどが土地に関するメモ書きだが
「…おや、黄色の光源がここまで低いところにあるのは珍しいな」
この世界は太陽の概念がなさそうに思える
日にちや曜日の概念のないゲーム世界とすれば違和感がないことにはないが
しかしそれでも視界が通るのは発光する光源の存在があるからだろう
その光源が光る黄色の塊と考えている
これらはぶら下がるライトのようにこの世界ではあらゆるところで見ることが出来る
近くで見るとあの時女の子に渡された黄色の粉の色とそっくりだ
ミラーボールのようなボコボコ具合が不規則に表に出ている
手で触ってみると発泡スチロールのようにポロポロと粉がこぼれる
粉は光源としてはあまりにも小さい光だ
これを粘土のように扱うと粉どうしがくっつき塊になった
少しのしっとり感から纏めてみたがどうやら正解のようだ
塊が大きくなるとあかりが強くなった気がした
ある程度集めてから行くことにしよう
女の子を追いかけるのを再開した
目的だけ考えるとなんだかしょうもない男だなぁ、なんて自虐的に考えていた
でも、自分の心の安寧のため、なんて言い訳しながら進んでいく、実際穴蔵周りで作業していた時より足取りが軽く感じる
再び出会えれば何かが変わるだろうか
「いや、きっと変わるさ」
いよいよ自問自答を口に出し、苦笑いになっていた時だ
前方に建造物が見えたのだ
それも2つ
ひとつは大きな柱、その柱は天井まで伸びていて上の方はよく見えない、しかし素材の関係上建築物とわかる
もうひとつは砦だ
アンチ重力の駆使された砦でところどころ浮いている、鎖がぶら下がっていたり、柵のようなものも見える
赤い土地に突如現れた灰色の砦は周りから浮いた存在に見えていた
そして、その砦には人影が見える
心臓が跳ねるようだった
心を躍らせながら砦に近づく
砦の周りは溶岩が流れている、十分に気をつけながら少し離れた位置にたどり着く
その人影を見た時思わず飛び出しそうになった
あの、女の子がいたのだ
いや、正確には違う、あの女の子の姿をした生き物が何人もいた
全く同じ顔で同じ背丈
女の子と違う点は豚に見えなくもない被り物をしている点だろうか
頭がクラクラした
全く同じ姿というのはここに来る途中で出会った二足歩行の腐豚や骸骨で見ている
別個体でも外見は全く同じなのだ
たまに光る弓矢を持っていたりはしたが
それらは総じて魔物と区別していた
なら、助けてくれた女の子も、魔物だったのか?
少し絶望的な気分になりながらも砦に近づいていく
こちらの立地は少し高いところから砦を見下ろしている
その砦には拠点で見かけた箱が見える
女の子もどき達がその箱に何かを入れているのが見えた
いわゆる宝物やらだろう
…接触してみるか
そのような習性があれば言語能力があるかもしれない、女の子からして伝わるかは別だが
砦の女の子達は被り物をしているからもどきと仮称する
扱いが魔物なのは…腐豚と同様の金の剣を持っているからだ
少し高いところから砦の屋上に着地する
ベチッとダメージを食らうがまぁ少しだけだ
女の子もどき達がいっせいに自分の方を見た
「だマオダレえ!」
「しャシウュニンか!?」
飛び出したことを一瞬で後悔した
この砦の周りは溶岩が流れている
言葉も通じない、正確には聞き取れない
「とレカカズエアリぇ!」
こちらが言葉を発するより前に女の子もどき達は剣を振り上げ斬りかかってきた
なんて判断の速いこと
最悪だ
「まって!待ってくれ!」
彼女らが止まる様子はない
あぁ、見た目は女の子が変な帽子を被っている可愛らしいものだけに心が疲弊している今の自分にはそれなりにくるものがある
せめて逃げ道を用意するんだった
この世界で死んだらどうなるのだろうか
そんなことを考え始め、自分は背中から一撃目を貰う
その一撃は想像以上の威力で体が浮き上がり前の女の子に飛ばされた
衝突する寸前に前の女の子に斬られ、後方に吹き飛ぶ
視界のゲージはほんの少しだ
初めて死の恐怖というものを感じた
痛みはそこそこにあれど致命傷とは思えない
しかし骸骨を倒した時のように煙を上げながら消滅するのだろう
視界が後方に吹き飛びながら砦から体が投げ出される
空中に投げ出され、斬られて死ぬことはなくなったが下の溶岩に入り死亡、砦の壁沿いに着地できても
落下のダメージで死亡
詰みだ
色々とモヤモヤ、ぐるぐると思考が巡る
…最後に、あの女の子にもう一度だけ
会いたかったなぁ
「テッマカツ!」
女の子もどき達とは少し違う、少しだけ高く、通る声が聞こえた
目を開き、視界に映る全てを把握しようと努める
あの、女の子が砦の屋上より一回層下に潜んでいたのだ
そして鎖を投げつけてきた
落下をし始めた体に力を込めて、投げられた鎖に手を伸ばす
奇跡的に、いやまるで吸い付くように鎖に手が届く
鎖を掴むと重力に従って振り子のように砦の壁にぶつかった
ゲージはほんの数ミリだ
ぶら下がりながら上を見上げると
女の子もどき達が下を覗き込んでいる
その一回層したで女の子が潜んでいる
自分も空気を読んで静かにする
今にも心臓が踊り狂い、一息つきたいところだが、まだそのときでは無さそうだ
◇
「ノイナャジカバ!?」
砦から少し離れたところで女の子が怒っていた
何を言ってるかは分からないがぷんぷんと怒っている様子はどこか愛らしく思える
ホンワカしてしまうのは仕方ないだろう
あの後、鎖を引き上げられて、腕を引っ張られて砦から離れた
崖と砦にアンチ重力な木材の橋がかけられていたのは心臓に悪い心細さを感じるものだった
キノコを口に押し付けられ、不思議と満腹になると体力のゲージが回復した
そして女の子に「んっ!」と座らされ、お説教されている
どうしよう、本当に愛らしい、急に抱きついたりなんてしたら斬り返されてしまうだろうか
先程の女の子もどき達の姿が重なって見えた
すると、何故だろうか、周りは暑いのに急に心底冷えるようだ
体が震えだし、涙が溢れてきた
気がつけば膝立ちとなり、泣きながら女の子に抱きついていた
背丈は自分の方が頭一つ分は大きい
しかし正座から膝立ちとなって、女の子に抱きついて、泣いている様子はまるで大きな子供のようだ
手が震え、涙が溢れる
今更になって、死の恐怖が込み上げてきて、心に刻まれたのだ
女の子は初め体を強ばらせたが、震えていた自分の頭をまるで母のように撫でてくれた
◇
ひとしきり泣いた後、スッキリとした、立ち上がり、女の子の顔を見るとヤレヤレとでも言うような表情だ、少し気恥しいが、今ならなんでも出来るような全能感が不思議と込み上げていた
「カッロエカズエアリト」
女の子が指を指す、地図をだしその方向を確かめると洞穴の方向だった
帰ろう、ということだろうか
「オオ!?イゴス!?ズチ!?」
取り出した地図に女の子が反応した
「ネダチッリノンヘラココ、カノタシウヨリヲンホノトンャチンエ……ミキ、テシカシモ…イイマタア?」
いや、だからわかんないんだって
分からない言語を長く聞くと何となく気持ち悪くなるようだ
理解しようとはするが、発音があまりにも独特すぎる
ただ何となく褒められた気がする
女の子も笑顔だ
クゥウゥウゥ
それは唐突に聞こえた
いや、正確にはいつも聞こえていた、その姿は見えなくても耳に届く嫌な声
何度も逃げているから嫌でも耳に残る、気味の悪い足が何本も生えた、白いトウフの鳴き声だ
その声が、耳にしっかりと届く