感情のない女子
「うわ、すごい正確な…。」
「あぁ、星野さんでしょ。すごいよね。」
緑に囲まれた音楽大学の廊下、2人の生徒がだべっていた。
突き当たりの部屋からは、フルートの音が漏れている。
———『カルメン幻想曲』。
かの有名なオペラ、カルメンをいわゆるメドレーにし超絶技巧を盛り込んだフルートの難曲だ。
「でも、なんかカルメンっぽくないよね?」
「あの人、感情ないからね。」
嘲笑うように言った。
確かに、この演奏はテクニックは正確だが音楽的な表現は全くない。
「感情ないって?」
「星野さん、誰とも喋らないし表情変わったのも見たことな…」
ガチャリ、と突き当たりの部屋のドアが開いた。
話していた2人は目を見張る。
黒い艶のある髪をなびかせ女性が出てきた。
女性と言うには若すぎる、高校生位の顔立ち、服装。
彼女は2人に目もくれず颯爽と歩いて行った。
自販機で紅茶を買い、傍のベンチに座り飲む。
『感情がない』
言われ慣れた言葉だった。
別に傷ついたりなんてしない。
実際、星野りまには傷つく程の感情がなかった。
嫌だ、欲しい、くらいの感情はある。
ただ、それ以上の気持ちが起きない。
なぜ音楽家を目指しているのだろうか。
おそらく周りに流されたのだろう。
星野は立ち上がり、図書棟へ向かった。
新しい曲の楽譜が欲しい。
今の曲は全て弾けるようになってしまった。
自動ドアをくぐると、ムワッと紙の匂いに包まれた。
(なんの曲を弾こう。)
生徒は図書棟の楽譜を自由に借りていいことになっている。
星野はフルートの楽譜の棚の前に立った。