疵物の神域の主
「――待って、ちょっと待って」
情けない声を上げ、目をぐるぐるさせながら、アレクサンドリアの王太子は、自分の懐をまさぐりだした。
そして、取り出したのは、……掌に乗る大きさの、紅い地竜の人形だ。
眠る様に丸くなる地竜の人形は、生きていると見紛う精巧さである。
「紅姫、どういう事か説明してっ!
ウェインの血筋は紅姫の眷属だけど、アレクサンドリアを離れた人に関しては、不干渉が絶対って約定でしょうっ?!」
へっぽこ王子の問いに応えるように、閉ざされていた地竜の瞼が、ぱちりと持ち上がる。
きょろりと動く瞳は、リクが異能で垣間見た、金色。
生き物と変わらぬ滑らかな動作で、偉そうに首をそっくり返した地竜の紛い物は、己を乗せる掌の主に、よくできた作り物の双眸を向ける。
『エドよ、それはヴィルヘルムの事であって、あれの子や孫についての取り決めではないのじゃ。
そこにあるは、妾の眷属に連なり、妾の血を呑んだ者ぞ。
ゆえに、妾が使おうとも約定に抵触せんし、問題はないのじゃ。
――何より異能持ちで、妾の《人形》どもより使い勝手がよく、便利ぞ!!』
「いや待て、俺はお前の血なんか飲んでねぇよっ!!」
ドヤァ、と言わんばかりの地竜人形の台詞を、リクは力一杯否定した。
それこそ、リクが口にしたのは、『神楽姫』が身に着けていた紅い魔石ぐらいで――。
リクの腕にしがみ付いていた姫君が、はっと、口元を両手で覆う。
存在を忘れかけていた花妖の芳香が、自己主張するように強く香った。
「……リク、よく分からないものを、口に入れてはいけません……」
「――もしかしてリクさん、エマの首飾りの魔石、食べちゃったのっ?!」
青い顔でリクから目を逸らした従妹姫の反応に、ヘタレ王子がぎょっとしたように叫ぶ。
「……は?」
「姫君の首飾りの魔石は、紅姫の血液から精製したものでしたが」
呆気にとられるリクに対し、疵物の神域の番人は、淡々と止めを刺しにきた。
「血は地に通じます。
逆もまた同様に。
大伯父上より血は薄まっていようと、たかが二世代血が混じった程度では十分濃いですし、竜穴で生まれ育ったならば、眷属としての使用に問題はありません。
――何より、地神の血を呑みそれに耐えた以上、紅姫と強固な縁を結んだようなものです」
「なん、だと…………?」
自力で必要な魔力を生産できず、悪意の箱庭から生き延びるための必須行動であったとは言え、知らず特大の外れくじを引き当てたリクは、呻くしかない。
盛大に顔を引き攣らせたリクの反応に、ちっぽけな地神の依代は、拗ねた様に半眼になる。
『よいではないか、妾が手駒を増やしても。
何より、当代の覇王は真正ぞ。
エドの宿星が、どのような災厄を招くか分からぬ以上、優秀な手駒はいくらあっても足りぬ。
……それなのに、リアは戻ってこんし、レインは加減が利かぬし、コーリディアは狂っておるし、ヘンアンは陰気すぎるし、――ロイドに至っては妾を非常食扱いしたままなのじゃぁぁぁぁぁぁっっっっ~~~~~~~~~~~~~~!!!!!!!
あんの痴れ者、もっとちゃんと妾を崇め奉らんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっ~~~~~~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!!』
地神とは。
リクの朧気な地神像を粉砕する雄叫びを上げながら、地竜人形はジタバタと暴れだした。
アレクサンドリアの地神は、数百年以上疵物の神域に君臨してきたはずなのに、その有様は癇癪を起したクソガキと大差ない。
「あいたっ?!
ちょ、紅姫やめてっ!
脚とか尻尾とかが手に当たって、痛いんだけどっ!!」
地神の八つ当たりに巻き込まれ、ヘタレ王子が涙目で抗議する。
これが、『悪の王国』が擁する地神と、当代の大凶星の姿かと思うと、リクは脱力するしかなかった。
こんなんだから、アレクサンドリアの王太子は各所から舐められ、――悪意の罠は破壊して、敵意を見せたらしい輩は、忠臣に返り討ちにされたか……。
どうしようもない事実に思い至り、リクは天を仰ぐ。
――繰り返されてきた、『悪の王国』にまつわる惨劇。
かつての『聖戦』でもそうだったように、一線を越えてしまえば、アレクサンドリアは最後まで手を弛めないし、敵に与える慈悲もない。
――アレクサンドリアを害そうとする相手を殺し尽くすか、アレクサンドリアの民が殺され尽くすか。
アレクサンドリアにおける侵略者への姿勢は、ただそれだけだ。
戦いの前こそ、話し合いで終わらそうとする素振りはあっても、一度剣を抜けば、敵の言葉に耳を傾けることなく、相手の戦意が完全に喪失するまで戦い抜く。
その苛烈と壮絶が、アレクサンドリアを『悪の王国』たらしめている理由の一つだ。
……そして、歴代のアレクサンドリアの王族たちが、目の前のヘタレ王子のようであったならば。
能ある鷹は爪を隠すではないが、普段の態度と実際の能力に、著しい乖離があったならば。
また、当人は激怒しているとして、それが、傍目には全く怒っている様に見えなかったならば。
そりゃあ、踏み越えてはいけない一線を馬鹿が見誤って、アレクサンドリアに殲滅されもするだろう……。
地を這う生き物の心情とは関係なしに、晴天は透き通って青い。
知らなくても良かった事実や、発覚しない方が良かった血縁関係を知ってしまったリクのことなど、広い世界は構いもしない。
リクは、もう色々なことが面倒臭くなってきた。
【つまり?】
当人は気付いていない、思考放棄という悪癖が顔を出したリクを余所に、相棒の瞋恚を孕んだ問いが、低く響く。
「大人しく諦めて姫君の護衛をして下さると、俺にとって都合がよろしいのですが」
『ジャン、そやつは王鞘ではない妾の眷属ぞっ!
妾の眷属は、妾が使うのじゃっ!!』
「紅姫、勝手なことを言わないでくださいっ!
リクは、わたくしが買ったのですから、わたくしのものなのですっ!!」
「――その、リクさん。
うちの臣下と地神と従妹が、すみません……」
震える声でリク達に頭を下げてきた不憫王子は、確かにふびんだった。
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*地神人形*
アレクサンドリアの疵物の神域の主を模した人形。
近くに王鞘がいれば、地神である紅姫とどこでも会話ができる、スグレモノ。
妾、すご~い、と、紅姫は自画自賛している。
※地神は土地に縛られた絶対者であるため、通常、地神は己の神域以外で力を行使できないし、紅姫以外はそんな事をしようと試みることもない。




