ちんちん
「────────!!!!」
それは咆哮だろうか、それとも言語なのだろうか。
暴力と化した轟音が山を駆け抜ける。
そしてその後を追うかのようにしてソレは木々をなぎ倒しながら一心不乱に走っていた。
四メートルほどの筋骨隆々な肉体を持ち、その力を象徴するかのような角を頭部に生やしたソレは鬼、と呼ばれる存在であった。
鬼は何故、山を駆けているのだろうか?
そう質問すれば返ってくる答えは大方予想できるだろう。
例えば狩りをしているから。例えば人を追っているから。
それは正解であり、そして不正解だ。
一般的な状況ならその答えは正しい。鬼とは強者であり追う者であるからだ。
ならば何故不正解なのか、その答えは簡単である。
「───狙い撃つ───凶蜂!」
瞬間、一筋の閃光が疾る。
その閃光はまるでそれが当たり前のことであるかのように巨木ほどもある鬼の片足を貫いた。
「……わたしの世界に鬼なんてものはいなかったけど、思ってたよりもやわいんだな」
答えとは、鬼は追われる立場であり、狩りの獲物は鬼本人であったからだ。
そして今、獲物は捉えられた。
「───────!!!!」
再び鬼の口から咆哮が上がる。
だがそれは威嚇でも自らを奮い立たせる雄叫びでもない。
悲鳴。
恐怖、命乞い。
恐れられる存在であったはずのこの鬼は、確かにこの瞬間目の前の存在に怯えていたのだ。
彼の眼前に当たり前のように浮いていたのは少女であった。
その髪はまるで雪のように白く、触れれば折れてしまいそうなほど小さい身体。しかし、その瞳は燃え上がる炎のように爛々と輝いていた。
「……わたしにはお前の言葉なんてわからない。でも何となく何が言いたいのか、何を伝えたいのかはわかる」
少女はスッと目を細める。
「だから言ってやる。そんなことはどうでもいい」
彼女の言葉と共に天を覆うほどの────文字通り空を覆い尽くすほど無数の文字と紋様───魔法陣が展開された。
「わかるよ、お前みたいな目をしたヤツは悪党だ。悪党ってのは当たり前のように、何でもないことのように『良い人』を傷つける。だったら悪党は当たり前のように何でもないことのように死ぬべきだ」
───鬼はもはや逃げることも叫ぶこともしなかった。
ただただ、これから起こることを待つことしかできなかった。
まるで踏み潰されるアリのように、頭上の少女を見上げることしかできなかった。
彼女の名は白雪茜。
『元』中学二年生。
『享年』14歳。
「─────お前の存在を、一片残らず焼き尽くす」
魔法少女名を『ホット•ミルク』
人は彼女を『最強の魔法少女』と呼んだ。
「ひと雫の太陽」
その瞬間、一つの山とその周囲の大地が蒸発した。
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