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鳥囲みの家 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 つぶらやさん、私はときどき思うんです。私たちって本当に生きているんでしょうか?

 ――創作に毒され過ぎだ?

 ぶう、つぶらやさんだって、その片棒を担いでいるじゃないですか。作者の皆さんが、ロマンや想像力を叩きこんだ作品ばかり送り出すから、こ〜んな病気にかかっちゃうんですよ。

 私はいわゆるVR、仮想現実ものを見た時に戦慄しましたね。もし、自分が死んだとしても、その瞬間にはリザルト画面が表示されて、「あ、そういえばこんなゲームしていたんだったわ」と、現実の私が目覚めたりしたらどうです? そして、その世界の私が死んでも、またリザルト画面になって、「あ、そういえば……」とか。


 ひいい、思考がマトリョーシカ人形ですよう! 「本当の私って、いったい何者なの〜?」 なんて不安でいっぱいです。だからこそ、生きている証が欲しいと思っちゃいますよね。

 死はいずれ向こうからやって来るのに、わざわざこちらから赴こうとする気持ちなんか、その表れでしょう? 本当に死が迫ってきて、初めて出くわせるものがあるらしいんですよ。走馬灯とか以外にも。

 ふふ、今のうちに知っておくの、アリじゃないですか?


 私のおじさん、未熟児だったらしいんですよ。生まれた時には、母子ともども危険な状態だったと聞きますが、どうにか持ち直して二人とも無事だったんだそうです。

 とはいえ、おじさんは中学校にあがるまで、何かと体調を崩し気味。肺炎とかも起こしちゃって、寝たきりの日々が続くというのも、珍しくなかったとか。

 年の半分は、どこかしら身体が痛む日。おじさんは痛みのない日に感謝をしながらも、結局は逃げることができないという現実に、少々、心の中で疲れてしまっていた、と話していましたよ。

 けれども、疲れるだけでは済まない事態がやってきたのです。


 小学校に通い始めて二年が経った、ある日。

 おじさんはタンが絡んだ感じの咳が出て、口を手で押さえました。やがて手を離してみると、血で真っ赤に染まっていて悲鳴をあげてしまったそうです。

 すぐに別の部屋にいた親が飛んできましたが、その時にはもう、手のひらはいつも通りに戻っていました。まばたきした時に、消えてしまったんです。手についた血の跡が、ぱっと。

「次に同じことがあったら、すぐ病院に行こう」と、親は極力おじさんのそばにいてくれたそうですが、その日に同じことは、もう起こらなかったのだとか。その日に関しては。


 以降、おじさんは毎日のように、幻の喀血を味わうようになります。いつの咳に混ざって来るかは、その時にならないと分からず、紅い飛沫に関しては、手、壁、地面、人肌を問わず、ほんのわずかな間だけ留まって、一瞬のうちに消えてしまいます。

 証拠がない以上、事情を話しても、周りのみんなはなかなか信じてくれません。内臓よりも、脳みその心配をしてくる人もいました。

 どうやって信じてもらおうかと考えながら、その日も一人帰り道を急いでいたところで、咳が出ます。

 胸も痛みました。心なしか、日に日に痛みが酷くなっている気もします。「また手が真っ赤になっているだろうな。あまり見たくないな」と手を離すや、向かいから来たおじいさんが足を止めます。


「いかんな、坊主。そのままでは危ないぞ」


 おじいさんはおじさんの手を見ながら、声を掛けてきました。確かに先ほどは手が赤かったですが、すでに引っ込んだ後。このような言葉が出るのは、あの幻の血を知っている人しかあり得ません。

 はじめての事情が分かる人を前に、おじさんは思わず「助けて」とすがってしまったとか。

 近くの公園のベンチに、腰掛ける二人。話によると、おじいさんもずっと小さい頃に、同じように、一瞬だけ目に映る血を、吐いたことがあったとのこと。

 おじいさんが聞いたところでは、これは死神に魅入られている証であり、死期が近づいて来ていることを表しているとか。実際に、この幻の血を吐いたと話す人の数は少ないが、何も手を打たないと、一年以内に命を落としてしまうとのこと。

 でも、おじいさんは生きている。その打てる手とやらを使ったに違いない。

 教えてくださいと懇願するおじさんに、おじいさんは「少々、危ないが」と前置いて、語ってくれたのです。おじいさんも、知り合いに聞いた方法だとか。

 

 まず日付が変わる直前。お酒を口に含みます。アルコール度数は考慮しなくてもいいらしいのですが、酢や食塩の入った料理酒ではなく、純粋な日本酒でないといけません。

 次にそのままお酒を飲みこまず、吐き出さず、口に含んだまま家の外に出て、近所を練り歩いて、ある家を見つける必要があるのです。

 家は空き地に現れることもあれば、昼間、確かにあったはずの家屋と、入れ替わっている時もあるのだとか。

 いずれにせよ、日付が変わる直前にお酒を含んでいること。そして死期が迫っている者にしか、たどり着くことができないらしいのです。

 作りは小さい一軒家の一階建てですが、四方がすべて引き戸になっていて、外周に沿って物干し竿が渡してあります。そして竿の一辺、一辺には、鳥たちが一羽ずつ、縄で首をくくりつけられているのだとか。


「そのくくられた四羽の鳥たちのうち、一羽だけ腐りが激しいものがある。それを竿から外し、いずれかの鳥と位置を取り換えて、くくりつけ直すのじゃ。上手くいけば、お主は死神の手から逃れることができよう」


 しかし、注意点が二つあるとおじいさんは言います。

 一つ目は、お酒を含んでから、一時間以内に家を見つけて、鳥を入れ替えないといけないこと。

 二つ目は、たとえ作業の最中に、家から何かが出てきても、逃げ出さない、触り触られない、音を立てたりしないこと。

 これらを破った時には、何が起きてもおかしくない、とおじいさんは付け足します。

「十分に気をつけるように」と、忠告をもらいましたが、その時にはすでに、おじさんはベンチから立ち上がっていたそうです。


 その晩。おじさんは早速、おじいさんに聞いたことを実行に移します。夜中の十二時一分前。親が口を開けていたお酒をコップにつぎ、口いっぱいに含みました。はじめてのお酒に、口の内側がヒリヒリしましたが、飲み込んではいけないとのことで、必死に我慢します。

 おじさんは音を立てないように、そっと家を出て、夜の町を歩き出します。一度、近所の犬に吠えられて酒を吐きそうになりましたが、すぐに口を両手で押さえて耐えました。

 おじいさんの話した、四方すべてが引き戸で、物干し竿に囲まれ、それぞれに鳥がくくりつけられた家。おじさんは見つけたのです。

 よりにもよって、昼間におじいさんと話をした、公園のど真ん中で。

 気になることは色々ありましたが、何より優先することは、鳥たちを確認することです。

 

 おじさんはそっと家の周りを回りながら、くくられた鳥たちを確認します。どうやら鴨に似ている鳥のようでした。

 よく見てみると、向かって手前側にある竿。ここにくくられている鳥のみ、羽がボロボロで、首も細長く伸びています。長くくくられていたのでしょうか。

 おじさんはそうっと鳥のいましめを解き、向かって右手の竿の鳥と交換します。ちょうちょ結びにもまだ慣れていないおじさんにくくりつける作業は難儀でしたが、どうにか形は整いました。

 時計を見ると、すでに時間は残り5分を切っていました。もう戻らなければいけません。

 おじさんが踵を返しかけた時、不意に目の前の引き戸が開きました。そこから出てきた人影に、おじさんは思わず酒を吹きそうになって、再び口を押さえます。

 

 背の高い禿頭の、恐らく男性でした。しかし、紫色の布を目隠しとして巻いています。

 白一色の着物とわらじ。死に装束を身にまとい、腕を前へ伸ばして盛んに動かしながら、おじさんに近づいてきます。

 触り触られてはいけない。音を立ててはいけない。おじさんはおじいさんの言いつけ通り、今にも吐き出しそうな酒を押さえ込んだまま、一歩一歩、ゆっくり後ずさっていきます。ひたすらつまずかないことを祈りました。

 竿の前まで来た男は、やがてその手を、先ほどおじさんがくくった鳥にぶつけると、その身体をわしづかみにして、べたべたと触り始めます。おじさんとの距離はわずかに二メートルほどで、心臓がばくばくしたことを覚えているとか。

 しばらく鳥を撫でていた男は、やがて竿を掴んだまま、ツツと横に歩いていき、順番に鳥の身体検査を済ませていきます。そして、あの傷んだ鳥に触れた瞬間。

 竿の下をくぐったかと思うと、今まで猫背気味だった姿勢をぴんと正します。そして目を隠しているとは思えない確かさで、まっすぐに公園の外へと突っ走っていってしまったのです。

 もし、おじさんの方に来たら、全速力で逃げても捕まっていた。そう確信できるほどのスピードだったそうです。おじさんは無性にトイレに行きたい衝動に耐えながら、早歩きで帰宅をしたのだとか。

 

 翌日以降。おじさんが、あの幻の血に悩まされることはなくなりました。

 ただ、クラスメートの家族を含め、近所の方々の訃報を聞くことが、にわかに多くなったそうです。あのおじいさんとはとうとう再会できませんでしたが、おじさんはときどき思うのだそうです。

 あの傷んだ鳥を移したことで、本来自分が背負う死の運命を、他の人に肩代わりさせてしまったのだろう、と。

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