僕は恥ずかしい
ああ、火曜日でございます。四限目に体育のある火曜日なのです。
本日の最高気温は24℃。春にしては少し暖かい陽気は学ランの下の肌をしっとりと刺激し、この僕、牧田清隆の心をじっとりさせるのであります。
別に僕は体育が嫌いというわけではないのです。
心配なのは、濡れ透けなのです。
もちろん大多数の女学生の濡れ透けを気に病んでいるわけではございません。そちらはむしろウェルカムでございます。
まずいのは、僕の濡れ透けなのです。
この体になってからというもの、何故だか羞恥心が沸いて仕方がないのです。一体どうしたのでありましょうか。
決まっています。この体が原因なのです。
もともと、僕は細身でありました。しかし身長157㎝体重41㎏のスレンダーボディーはあの日に決壊し、身長は縮んでいないまでも胸から太ももにかけて肉が付与され、今ではぷにぷにのお饅頭さんであります。
このようなだらしない肉体、人に見られて恥ずかしくないわけがありましょうか、いや、恥ずかしい。
想像しただけで冷や汗が額をなぞり、僕の心をぞくぞく刺激するのです。
だったら黒のインナーやらで見えないようにすればいいと思いますが、それは無理な話です。濡れ透けに考えが至ったのは今朝自転車を漕いでいた時なのですから。
僕はため息をつきました。
「どうかしたのかい?」
小森さんが話しかけてきました。不意の登場に少しドキリとしましたが、そこは僕お得意のポーカーフェイス。気になる女子の前でも余裕をもって振る舞えるというものです。
「実は、服が透けるのが気になってしまって」
僕の答えを聞いて、彼女はクスリと笑いました。その顔を見て僕もまた胸踊らせたのはここだけの話です。
「いや、ごめん。別におかしかったわけじゃないんだ。ただ、牧田君が可愛く見えてね」
「そういう冗談はやめてほしいのですが」
「冗談じゃないよ。本当のこと」
HRの始鈴が鳴り先生が教室に入ってきたので、彼女は自分の席に行ってしまいました。
あの余裕綽々という態度、侮れません。
ポーっと火照る頬をパチリと叩き、負けじと僕は胸を張りました。
・・・・・・
「おい清隆、次は体育だぞ。早く着替えないと」
「へ?」
気がつくと、野郎の生着替えの渦中でした。
どうやら1限から3限まで眠ってしまっていたようです。
「マッキーここで着替えんの? やったぜおっぱいおっぱい」
西森君がふざけて揉み手を作ると、周りの皆も視線をこちらに寄せました。
「誰がこんなとこで着替えるか。僕はトイレへ行くぞ」
せかせかと体操着を持って男子トイレ――大の方の個室に入り、鍵を閉めて息をつきました。
するとどうでしょう、壁の上、隣の個室から木島君が頭を出しているのです。それも息を荒げて。
「ハァー、ハァー……あっどうぞ気にせず着替えて」
「できるか馬鹿野郎」
「なんでや牧田! 俺ら友達やろ!?」
「着替えを見せるのが友達なら僕は友達なんていらない!」
失念していました。Dクラス男子は、奇跡的にモテない連中の集まりなのです。同じ学年の女子には相手にされず、けれどもそれ以外に手を出せるほど器量がいいわけでもなく、彼らは2-Dという掃き溜めで燻り続けているのです。
とりわけ木島君は人一倍情熱的の紳士なので、その欲求の凝縮具合は凄まじいものでありました。そんな中身近に話せる女子が現れたとあらば、たとえそれが元男であろうと彼は気にしないでしょう。
「なぁ牧田……。ええんや……。先っちょだけでええんや……見せてくれても」
「先っちょ見せるって普通に大事なとこ見せてるじゃないか!」
「大丈夫……いずれ修学旅行の風呂で見せ合うんだ……」
「見ることはあっても見せ合うことはないからな! なんでわざわざ裸さらしに行かなきゃいけないんだ!」
僕が頑なに着替えを拒否すると、木島君の表情はだんだん暗くなりました。
「うぅ……うっ……」
「泣くなよ」
泣きたいのはこっちです。
「人がこんなに頼んでるのに! なんで見せてくれないんだよォ!? 減るもんじゃないんだろ!」
「減るんだよ自尊心が」
「だったら俺が今までお前見てた分、お前の自尊心は減ってるってのかァ!?」
「今まではそんな目で見てなかったろ!」
「フッ。見てたぜ、俺は」
「えぇ……」
「だってお前そこらの女の子より顔かわいーし体きれいだし」
「ええぇ……」
男にかわいいと呼ばれて嬉しかったことは今までありませんが、こんなに背筋が冷たくなる「かわいい」も初めてであります。
とりあえずここにいては危険であると、僕の本能が叫びました。
「さよなら」
「待って! せめて下着は置いてって!」
「なんの『せめて』だよ!? 下も上もここじゃ脱げないからな!」
まったく、盛りのついた高校生にも困ったものです。そもそも中身は完全に男だということを忘れているのではないでしょうか。僕は男で、女の子が好きなのです。それはもうかわいくて、少し小柄で、胸とお尻が大きくて柔らかそうな女の子が。
ため息をつくと、ちょうど鏡にそんな感じの子が映っているのが見えました。
僕です。ちくしょう。
どうしようかと教室に戻ると、扉の前に一人、何か迷っている様子の女子が見えました。高く凛とした背筋、小森さんであります。
「どうかしたんですか?」
「ああ牧田君。いやなに、ちょっと野暮用で出遅れてしまってね。教室に体操着を取りにきたんだけど、男子が着替えていて入れないんだ」
「そうなんですか、小森さんは律儀ですね。石田さんとかお構い無しに入ってきますよ」
「はは、彼女は度量があるからね」
笑う小森さんの姿に、僕はまた心を揺らされました。
「そういえば、君もまだ着替えてないんだね」
「あー……まぁ色々ありまして」
ガラガラと扉が開き、男子が一人出てきました。
「おう牧田、俺でもう最後だぞ。それと……小森?」
「忘れ物をしたんだ」
「ふぅん。牧田、宝田が心配してたぞ。早く行ってやれよ」
そう言うと彼は、さっさか走って行ってしまいました。
「加藤君、せわしないな」
「加藤君っていうんですか、アイツ」
「君の友達ではないのか?」
西森君の友達ってことで付き合ってるけど、名前はずっと知らなかった眼鏡の彼。今さら聞くのもどうかと思っていたのですが、まさかこんな機会に知ることになるとは。
「体操服、ありました?」
「うん。じゃあ私たちも着替えようか」
「え」
僕は目を疑いました。なんと、小森さんが僕の目の前で服を脱ぎ始めたのです。
「ちょちょ、ちょっと!? 何をしてるんですか!?」
思わず背を向けると、クスリと笑う声だけが聞こえました。
「何って、着替えているんだよ。今から女子更衣室に行ったら授業に遅れてしまうし、私ら女子は体育館だからね。ここで着替えても袋に制服を詰めて靴箱に置いておけば帰りも問題ない」
「そういうことじゃなくって……」
「もしかして」
声がさっきより近づきました。すたすたと足音が聞こえて、それが無くなったかと思うと、僕の背中を一本の指がなぞりました。
「私が女子だから、恥ずかしいのかい?」
まずいです。高校の教室、半裸の女子と二人きり。こんな非現実的なことが起こるなんて、想定していたはずもありません。僕はポーカーフェイスが得意ですが、この状況で何も顔に出さないほど血が通っていないわけでもないのです。
「それは、そうですよ……」
「こんなに可愛いのに、やっぱり男の子なんだね」
木島君のとは比べ物にならないほど重い『かわいい』が心に響きました。
どうやら小森さんは僕が思っていたより意地悪な人のようです。クスクスと悪戯っぽく笑うその様子は、まるで現代の世に蘇ったインキュバスもといサキュバス。きっとこのような振る舞いで数々の女の子を堕としてきたのでしょう。
勝手に不名誉なレッテルを貼っていると、彼女の腕が僕の体に巻かれました。
「こっ……!? 小森さん!?」
あすなろ抱き……というやつでしょうか。小森さんの胸が、熱が、吐息が伝わります。ということは、まずいです。僕の胸の、痛いくらいに震えている心臓の鼓動も、彼女に丸聞こえということになります。
「牧田君……とっても可愛い……」
ゾクリと脳を這いずるように、彼女の声が耳を舐めました。
「ひっ……。こ、小森さん耳元で囁くのはちょっと……」
「ちょっと、なに?」
「ひぁっ!」
キンコンカン、と始業のチャイムがなりました。
「授業、はじまっちゃったね」
「……どうするんですか」
「サボっちゃおうか」
それはまずい、と頭では分かっていても、首を横に振ることはできません。
彼女の妖しい笑顔に頷いてしまいそうになったその時、ダカンダカンと喧しい音が聞こえてきました。誰かが廊下を走る音です。それはだんだん近づき、やがてガラリと教室の前まで迫りました。
「清隆!」
息を切らして飛び込んできたのは宝田君です。
「大丈夫か!? 清隆!」
「ええと、うん。大丈夫だけど、どうかしたのか?」
「いつまで待ってもお前が来ないし、木島もいなかったから、もしかしたらアイツに何かされてるんじゃないかって」
「木島君は知らないけれど、僕はただ着替えるのが遅れただけだよ」
まぁ、遅れた理由は木島君ですのでありますが。
「無事ならいいんだ。ほら、さっさと着替えて行くぞ」
「あ、ああわかった」
言われるがまま服を脱ごうとしましたが、途中で手を止めました。
「宝田君、なんでこっちを見ているんだい」
「別に。なんでもないぞ」
なんでもないと言いながら、彼の目は血走っています。正直言ってかなり怖いです。
僕はため息をつくとともに、少し安心しました。普段から朴念人のような態度を気取っているくせに、やはり彼も健全な男子高校生なのです。
今までは何を考えているかわからない奴でしたが、なんだただのむっつりスケベじゃないですか。前より少し仲良くなれそうな気がしてきます。
それにしても、顔が怖い。怖すぎます。どれだけ女に飢えているのか。僕を見る目ですらこれだと、彼が本命の相手を目の前にしたらどうなるんでしょう。想像したら、少し口が綻んでしまいました。
「宝田君、悪いんだけど先に行っててくれないか? 見られてると恥ずかしいんだ」
「そ、そうか。すまん、向こうで待ってる」
ビシャリ、とドアの音がしてから数秒経って、小森さんが机の影から頭を出しました。
「まったく、冷や冷やしました」
「ごめん。私も何かおかしくなってたみたいだ」
そう言う彼女の顔は耳まで赤く、それを見て僕もまた頬が熱くなりました。
・・・・・・
それにしてもあぶない、流されるところでありました。僕は軽い男ではないのです。
教室に二人きりというような青春の一幕に憧れてはいますが、それはあくまで男女のロマンスであって、ましてや僕がヒロインなんて。
……僕がヒロイン?
いやいやいや、ないです。ありませんしありえません。
なぜって、僕は男の子なのですから。
――――こんなに可愛いのに、やっぱり男の子なんだね。
「……ぅああああああ~」
どうしてだか、体に力が入りません。
あんないいようにされるなんて、男としては屈辱なはずなのに、何故かその記憶は甘く舌に残り、僕の口元を緩ませるのでございます。
ちがいます。僕は小森さんにされたかったのではなく、したかったのです。あの自信に満ちた、凛とした眉毛がひしゃげるような、そんな女の子の顔が見たいのであります。
「お前、本当に大丈夫か?」
「へ?」
宝田君が心配そうな目で僕を見下ろしていました。彼の身長は170強なので、背筋を伸ばせば僕など簡単に見下すことができます。
大丈夫かと聞かれると、おそらく大丈夫ではありません。女の子に迫られて、メスにされるところでした。まったく、油断のならないナイスガールです。冷や汗が止まりません。
しかし、少し彼女を見損ないました。あれはどう見ても手慣れています。やはり多数の女子を餌食にしてきたのでしょうか。
彼女の優しい笑顔はきっと僕のポーカーフェイスのように作られた顔なのでしょう。そう思うと、少し残念です。
……残念? 何に。
胸のモヤを散らすべく心の迷路を探っても、コレだという答えが見つかりません。
ああ、頭がこんがらがる。こんなに僕の心を乱して、小森さんは罪な女であります。
「本当に大丈夫か? 今日はずっと上の空だぞ」
「え、ああうんうん。平気」
いけないいけない。僕ともあろうものが振り回されすぎです。授業に集中しなければ。
「ところで何で木島君はずっと外周を走っているんだい」
「女子のバレー覗きに行ってたペナルティ」
「ふぅん、馬鹿だね」
そんなことより、これから小森さんとどう接すればいいのでしょう。昨日までの仮面で話すことのできるほど僕の面の皮は厚くないですし、何より態度を変えるのは彼女を意識していると公言しているようで癪に触ります。
ここはやはり笑って流して――駄目です。今彼女の前で可愛く笑える自信がありません。
ってちがいます。授業に集中。彼女を考えないようにするのです。
「おい、次のバッター牧田君だぞ」
「あ、ああ」
気がつくと、ツーアウト満塁でした。ここはどうしてもヒットを出したいところです。
「へいへい! そんな細腕で俺の球が打てるかな!」
「牧田ぁ! 打てよ!」
「無理するなよ、清隆ー!」
集中集中。……そういえば小森さん、なにかいい匂いがしてい――――
「デッドボォオール!」
「清隆ァ!?」
何か痛いものを一瞬おでこに感じて、僕の思考はどこかへ飛んでいきました。
・・・・・・
目が覚めたのは、見知らぬ天井……というかどこかで見たことあるような場所でした。布で周りを囲まれ、白い枕に白いベッド。もしかしなくても保健室であります。
「あ、起きた?」
厚生委員の石田さんがカーテンの向こうから顔を出しました。
「僕は……そうか、体育の時間に」
「一応絆創膏貼ってあるけど、大丈夫? 痛くない?」
「あ、はい。ちょいとズキズキするけれど平気です」
「そ」
石田さんは僕の無事を確認すると、ぶっきらぼうにパイプ椅子へ座り込みました。
「まったく、せっかくの昼休みが半分くらい無駄になっちゃった」
「す、すみません」
「何か奢ってもらおうかなーいろいろ面倒くさかったしなー」
たしかに、ここまで運ぶことやベッドの使用許可をとることはかなり面倒なことです。前に鼻血を出した宝田君を連れてきた時も手続きやらで面倒だった記憶があります。ましてやそれが友達ですらない相手だったら、面倒な事この上ないでしょう。
「ありがとうございます」
「へ?」
「面倒なことなのに貴重な休み時間を削ってまで……しかも起きるまで側にいてくれるなんて、感謝しかないです」
「ま、まぁ分かればいいの。分かれば」
満足したのか、石田さんはカーテンの外へ出ていきました。
結局、奢るという話はチャラでいいのでしょうか? 素直に謝っておくものです。
しばらくして、ドアが開く音がしました。
「彼はもう起きたのかい?」
僕はドキリとしました。この声、話し方。奴であります。
「やぁ、災難だったね」
「小森さん……どうも」
彼女はきっといつも通りの凛々しい顔で僕に迫るのでしょう。弱っているところにつけこみ、甘いフェイスでたらしこむつもりなのです。チャラ男のよく使う手です。チャラ男と言っても僕の想像上のチャラ男ですが。
「……本当に大丈夫? 心配だったんだ、こう見えてもね」
「……えーと」
なんですか、その顔は。眉をくしゃくしゃにして、見たこともないような情けない顔になって。そんな顔をされたら、本当に心配されていると勘違いするではないですか。
「だ、大丈夫です! 僕は大丈夫ですから!」
「そう……? でも気を失うなんて」
「それは、当たりどころが悪かったというか……いやそんな悪いわけでもないんですけど」
別にムキになることでもなかったのですが、どうしてか自分は平気だと強がりたくなったのです。その途端、体は動いていました。
「ほら! こんなに元気です!」
腕をぐるぐると回して大丈夫なことをアピール、目をパチパチして意識が明瞭なことを伝えます。カーテンの隙間から覗いている石田さんから見たら空元気の空回りでしょうが、今の僕にはこれ以上に僕の無事を表現する手立てが無いので仕方ないのです。
するとどうでしょう、彼女は顔を俯けてしまいました。
「こ、小森さん?」
「……ふふ、 あははは!」
彼女はこともあろうに、僕の努力を前に大笑いしはじめたのです。いやはや、何がおかしいのか。
呆気に取られる僕を見て、彼女はもう一度口を抑え、くくくと声をもらしました。
「いや、ごめんごめん! だって牧田君、いきなり腕を振りだすんだもの。怪我をしたのは頭なのに」
その笑顔を見て、僕は唐突に心が熱くなりました。恥ずかしい気持ちももちろんですが、それ以上に、小森さんの笑う顔が、声が胸に響くのです。
「そ、そんなに笑わなくても……」
「ふ、ぅふふ。ごめん、でも大事なくてよかった」
そう言うと、彼女はいつもの笑顔に戻りました。
「あ……」
何か切ないものが喉につかえました。言い様のない、不思議な気持ち。どうしてだか、寂しくていとおしいのです。
「そろそろ行こうか。それとも五限は休んでおくかい?」
「そうしたいのは山々ですけれど、僕は真面目なので」
「はは、そっか」
小森さんは「バイバイ」と手を振って行ってしまいました。
僕も応えて手をぶらぶらさせていましたが、彼女が保健室から出ていく音を聞くと、一気に体の力が抜けていきました。
頬が火傷しそうなほどに熱いです。なのに心は満たされています。この気持ちはなんでしょうか。
不覚です。こんなにも自分がチョロい男だとは思っても見ませんでした。少し笑顔を見せられて、少し優しくされて、少し弱々しい顔を見せられただけでこんなになるなんて。
まったく自分が情けないです。中高生向けフィクションのヒロインじゃあないんですから。
「清隆!」
再びカーテンが開けられました。むっつりスケベ君です。
「平気なのか!? 怪我の具合は!? 傷とか残ってないか!? 頭大丈夫か!?」
「おう、近い近い近い」
「お前に何かあったら、俺……!」
「傷はちょっと痛むけど他は何も。当たったのはたかが軟式ボールだしね」
今にも泣き出しそう、というかすでにちょっと泣いている宝田君。はて、彼はこんなに心配性の男の子だったでしょうか。まぁ心配されて損することはないのでいいですが。
「そ、そうか! 無事……か……」
「大袈裟だなぁ宝田君は……ってどうしたの?」
彼の顔は強張って、赤く染まっていました。視線は一点を見つめ固まっています。
それを辿っていくと、目線は僕の胸に集まりました。
……透けています。
Oh, nice nipple.
体育してましたもん。その後布団かぶってましたもん。そりゃあ汗かきますよね。すっかり忘れていました。
「ええと、宝田君?」
ゴクリ、と唾を飲む音が聞こえました。それが意味するところがわからないほど、僕は子供ではございません。
その時、僕の羞恥心は火を吹きました。どんな表情になっていたのでしょうか。きっと恥ずかしさをグチャグチャにかき混ぜた顔をしていたと思います。
「あっあああすまん! つい!」
「……い、いやこっちこそごめん。見苦しいものを」
「いやいや見苦しいなんて!」
宝田君は僕の肩をガシリと掴み、揺れる僕と目を合わせ、言いました。
「……とても良いものだった!」
・・・・・・
「ふぅん、ソレデ早退してきたノ?」
「あ"あ"」
「ウツ伏せだと喋リにくくナイカ?」
結論から言いますと、僕は耐えきれずに情けない声を上げ、宝田君の頬を平手で打ったのです。
彼にしてみれば、いい迷惑だったでしょう。健全な男子高校生なのですから、目の前の女体に惹かれるのは致し方のないことでございます。
けれど、いや、うん。
「ばあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"」
「ソレハため息ナノカ?」
「こころの叫びですよぉ」
心の奥の奥の底から、底なしの恥ずかしさが湧き出すのです。それはもう押し潰されそうなほどに。
木島君の言ったように、いずれは修学旅行で裸体を晒す仲です。どうしてこう恥ずかしいのでしょう。
昨日まで、いやこれまでこんな気持ちは知りませんでした。これではまるで生娘ではありませんか。
何か、僕の中の何かが劇的に変わっていっている気がします。
いったい以前の僕と何が違うと言うのですか。何もかもです。
「はああああああああ」
そうして僕はため息をついて、また枕に顔を埋めたのでございます。