異世界転生×スィコファント
二皿目、プリモ・ピアットです。
少しボリューム感と言いますか、お腹に来るかもしれません。
そんな時は無理せず一休みして、次の皿へお願いします。
sycophant:へつらう人、おべっか者、胡麻擦り
※主人公の名前を田村→坂本に変更しました。本編には一切影響ありません
大変唐突なんですが、仕事辞めたいです。寧ろこの国滅んでしまえ。
僕の名前は『坂本宗治』。どこにでもいるような、さして珍しくもない【元】日本国民である。なぜ元だけ【】をつけてわざとらしく強調したのかと言えば、現に僕は日本国民じゃなくなってしまった。もっと言えば、『ザッカス』というわけのわからん世界の『アイリスク共和国』なんてわけのわからん国で『ソウジ』と呼ばれながら生きている。本当は『むねはる』だけども、アイリスク国民はうまく発音ができないらしい。だから別の読み方としてソウジと呼ばれている。杉原千畝みたいだなと思ったのは内緒だ。
で。
なんでそんな僕が俗に『異世界』と呼ばれる場所で細々生きているのかと言えば、海より深く山より高い理由がある。
「おい宗治!」
廊下の奥から、耳障りな声が聞こえた。ああ、あいつか。
僕はげんなりしながら、「はあい」と答える。
「あいつらが来た。迎撃に向かうぞ!」
威勢だけは一人前の呼び出しを聞きながら、僕は渋々「お供します」と告げる。相手の機嫌を損ねないよう、全力で音源へ駆けていった。
さて、いったい何がどうなっているのか、回想形式で説明させていただきたい。
僕はとあるホワイト企業に新卒として就職し、半年で死んだ。原因は判然としないが、きっと心因性の何かだろう。パワハラとモラハラが服を着て歩いているような上司の下で罵倒を受け、殴られ、ある夜ばったり眠ったかと思えば死んだ。自分でもびっくりするほどの、あっさりとした死にようだった。死ぬ少し前に黒づくめの男を見た気がしないでもないが、もしかしてあれはお迎えだったのかもしれない。なら「この度はお世話になります」とお茶菓子の一つでも渡しておけばよかったかなと、今でも思う。
話を戻そう。
会社全体はホワイトだったらしいが、いかんせんそのクソ上司がブラックだった。どのくらいブラックかと言えば、このご時世で黒人に対して白人様が有色ジョークぶちかます以上にブラックだと思ってほしい。
で、なぜか転生した。詳しい原因は不明だ。きっとほかの人が語ってくれるから僕は話さない。そもそも知らないしね。
そこで僕に命じられたことは、大雑把に言ってただ一つ。
先に転生してきた転生者のご機嫌を取ってほしい。
これだけ。毎日パワハラの嵐に耐え忍んできた僕としては余裕、そう思っていた。
いかんせん、その転生者が曲者だったのだ。
前世は何とニート。別にニートが悪いわけではない。世間では働こうにも勇気が出ずに一歩踏み出せない、なんて人もいるのだ。ニートという括りだけで叩くのは、あまりに横暴である。
だが、そいつは違った。
そいつとは『月城紅夜』。転生者で魔法を全属性扱えるチート能力持ち、俗にいう『異世界転生小説でありがちな主人公っぽい奴』である。
そいつは自分の気まぐれで高校を中退し、収入を得る努力もせずにネトゲに籠り、親を泣かせ、「やりたいことが見つからない」というありきたりな定型句で親の脛をボロボロになって尚齧り続けたような男らしい。控えめに見てクズである。
そんなクズがここへ転生し、化け物相手に戦って英雄扱いされている。
なんでも、この国は隣接する超巨大な『魔鉱山』から岩の化け物が攻め込んできているらしい。それを蹴散らす英雄として国民からは人気を集めているが、国としてはたまったものではない。
考えてほしい。前世で言うなら核ミサイルに匹敵する火力が未熟な精神性を持って歩いているのだ。これほど怖いこともない。核ミサイルは決まったシステムや手順を踏んで発射される。しかしこいつはどうだ、ちょっとでも機嫌を損ねたらドカン、おしまいである。
そもそも、なぜ転生者が必要なのかもわからない。化け物に対しては確かにそれなりの死者を出して国も手を焼いているものの、岩の化け物が今すぐ国家に対して大きな脅威になるかと問えばノーである。寧ろ周囲の国のほうが、この国としてはどうにかしたい問題の一つだろう。面積も小さい国だ、なかなか強気になれないこともわかる。で、なぜ紅夜が呼ばれたのか。そもそもちゃんとした呼び出しだったのかも甚だ怪しいところだ。
で、ここからが僕の仕事。
同じ元日本人として彼のお世話と、『太鼓持ち』である。
くわしく語ると腹が立ってくるため割愛する。ちょうど今から出陣であり、僕の働きぶりを見て少しでも一緒に胃を痛めてほしい。
「ま、こんなもんか」
紅夜が締めくくる。ニキビが目立つ脂まみれの顔は、達成感でいっぱいだった。現在は国の国境沿いまで足を運び、岩の魔獣を見事に粉砕したところである。
それと引き換えに、小さな山を一つ失ったけどもね。
紅夜はチート能力持ちだ。みんなが遊園地のお子様向けゴーカートでチョロっと走るのに対し、一人だけ世界最高の技術者たちが作りあげたスポーツカーでギュンギュン走り抜けるくらいには反則である。お話にならないレベルで桁違い。まさにチート級だ。
しかし紅夜は、加減ができない。ブレーキもないため常にアクセルベタ踏みで、最高出力の技しか放てない超絶欠陥品野郎だったのだ。だから毎回、地形が変わる。地図も毎回書き直す。あまりの心労と超過労働で、地図を書く国家資格者が数人過労死している。しかし誰も、紅夜に文句を言えない。機嫌を損なえば、どうなるかわかっているからだ。
「俺にかかればこんなもんさ! あっはっは!」
山一つを消し飛ばし、そこに住む動植物をどれだけ殺したのかを考える知能もない紅夜は悦ぶ。しかしそのテンションに反し、取り巻きはドン引きである。岩の獣だって精々十体程度。別に紅夜じゃなきゃどうしようもない相手ではないのだ。
しかし紅夜は、率先して戦場に出たがる。前世で誰からも注目されなかったから、自分の力を見せびらかしたいのだ。あまりに歪な自己顕示欲は、チート能力という加速器を手に入れてどうしようもなくなってしまった。
チラチラと、取り巻き同士がばれないように目線を送りあう。しかし数秒とせず、それは僕に集約された。
お前仕事だろ、やれよ。
そんな声なき声が、僕に刺さる。
きりきりと痛む意を押さえ、ニヘラと笑った。
「さすがです紅夜様! 獅子はウサギを狩る際にも全力で臨むと聞いております。本来なら紅夜様が手を下すまでもない雑兵相手に圧倒的な力を見せつけ牽制されるお姿、まさに気高き獅子のごとし! この雄姿は広く国民にも語り継がれ、強き思いが御旗となり、この国を一層強く導くことでしょう。これは紅夜様にしかできない、圧倒的行動力と他の追随を許さぬ実力が為せる奇跡の所業!」
ぺらぺらと、我ながらよくまあこんなに薄っぺらい言葉が吐けるなと感心する。前世でクソ上司におべっかを使いまくって太鼓を持ちまくったせいだろう。嬉しくないが、得意技になっていたというわけだ。
僕のヨイショに気をよくした紅夜は、「うむ」と頷く。
「付き添いご苦労だった。帰るぞ」
颯爽と服を翻す。意気揚々と帰還を始める中、一人の技術者が死んだ目で山を見ていた。
「また、描きなおすのか」
その十五日後、また一人技師が死んだ。理由は今更言うでもないだろう。先日紅夜が吹き飛ばした山に起因する。図って書き直しているときに、重なった疲労が意識をかすめ取り、傾斜を転がり落ちた。首の骨を折り、即死だったらしい。
死去した技師を悼む啜りを聞きながら、僕はぼんやりと煙草を吸っていた。煙草と呼べるほど上等なものではないが、ぷかぷかと煙を吐く。
葬式に、紅夜の姿はない。当たり前だ。誰も彼が悪いなんて言えない、言い出せない。
それどころか奴は今頃、より取り見取りの美少女に囲まれ煮え切らない状態だろう。中には恋人がいたのに国の意向で、紅夜のお付をしている少女もいるという。なんとも理不尽でクソみたいな世の中だ。
あいつは国から爵位みたいなものをもらっている。子供を孕んで自分ものし上がろうと、少女たちも必死なのだ。偶然を装って着替えを見せつけたり、押し倒されるような体を装って尻や胸を触らせたり。きっと誰かが腹を膨らませるのも、時間の問題だ。
「おい!」
耳障りな声が聞こえる。見れば、紅夜が腕を組んで立っていた。五人程度の少女を連れ、ニヤリと笑っている。
「化け物が出た。討伐だ!」
僕今日はオフなんですけど。
そんなことを言えるわけもなく、おとなしく煙草をもみ消した。
「紅夜様、どこまでもお供いたします」
さあ行くぞと両腕を広げるクズを見ながら、僕はある確信を孕む。
きっとこの国は、程なく滅ぶ。
不完全な力を振るう歪な自尊心がこの国を呑み込む日は、そう遠くない。
その日まで僕は、太鼓をドンチャン叩くのだろう。紅夜様、紅夜様! ってね。
「嗚呼」
ままならない世界に肩を落とし、僕はひたすら願うことにした。
このクズが、一秒でも早く死んでくれますように。