第6話 無力
夕日を背に纏い、迫り来る洋上の敵の上陸部隊。
その影は地平線を埋め尽くす。
その姿は急襲をくらった自衛隊の隊員らに絶望感すら与えた。
そして…、敵の上陸部隊を護衛する戦闘艦群が間髪入れずに次々に砲撃をしてくる。
凄まじい砲撃音。
地平線上で光る発砲炎。
その後、空からはヒュルルルルと甲高い音が響き渡ると同時に多数の砲弾が降り注いでくるのだ。
「頭を下げろ!爆風で首持ってかれるぞ!」呆然と海を見つめていた悠の頭を中嶋が抑えつける。
砲弾は悠たちの手前、目と鼻の先に着弾する。
ドォンと凄まじい音がし、土が舞い上がり、またどこからか悲鳴が聞こえる。
とにかく周囲は爆発の嵐。
自分たちが生き残っていられることが奇跡のように思えた。
雨あられのように降り注ぐ砲弾に味方は次々に倒れてゆく。
悠たちは何も出来ない。
ただただ爆風を避けるのみ。
そして敵の上陸部隊はどんどん迫る。
味方は対抗して必死に対艦ミサイルを打ち込むが、最初のミサイル攻撃で大半の火力を失った自衛隊の反撃は効果が薄い。
敵の揚陸艦が火を噴く様子が見えるが微々たる戦果に過ぎない。
敵の砲弾が降りしきる中、
「退却!退却!」
と誰かの叫ぶ声が聞こえる。
それを聞きつけた巻は叫んだ。
「おい、撤退だ!逃げるぞ!」
鉄帽を手で押さえ、頬を土につけながら巻は叫んだ。
「ダメだ!今動いたら危ない!」
中嶋がいさめる。
すでに泥だらけの顔は殺気に満ちている。
「だけど、ここで縮こまってたって、走って逃げたって砲撃に晒されるのは同じ…!」
巻が喋りかけてるときに再び近くで爆発する。
「敵の上陸が間近になれば必ず砲撃は止む。その時が撤退のチャンスだ。」
悠は周囲の隊員らに訴える。
「いやだ!俺は行く!」
隊員らは言う。
「やめとけ!死にたいのか!」赤西が怒鳴り散らす。
「巻!今動いたら確実に死ぬぞ!」
中嶋が訴える。
巻は唇を噛み締める。手が震えていた。
「わかった。ここは言う通りにする。」
巻は静かに呟く。
「巻二曹!こんなとこにいたらホントにヤバいですよ!」
しきりに反抗する隊員、戦闘服の胸の名札には堂本という名が見て取れた。
「堂本…、貴様!」言うことを聞かない隊員に中嶋が怒鳴る。
「自分は死にたくありません。すみません!」
悠たちに反抗した隊員ら、約三名は走っていった。
「くそっ…。」
巻は悔しそうに呟きながら頭を抑えていた。
その間にも、野球選手と子供の雪合戦のような一方的な砲撃戦は続いた。
味方の砲撃も弱まる。
どれだけの間敵の攻撃は続いていたのだろうか…。
夕日が完全に海に消えた時。
敵の砲撃は止んだ。
敵の揚陸艦から無数の小型艇やLCACが飛び出してくる。
悠は砲撃が止まったことを確認し、頭を上げて海を見た。
「止んだ…。敵が来る!撤退だ。今しかない!」
悠は隊員らに言う。
皆頷き、ゆっくりと立ち上がった。その姿は泥にまみれ、目と赤い唇だけが見て取れる黒い顔になっていた。
しかし、隊員ら悠を含め6人は即座に自らの小銃を抱え走り出した。
悠に、巻二曹、中嶋二曹、赤西一士、草薙一士、玉置一士の6人。
穴と残骸だらけの牧草地を走り抜ける。
途中、転がる死体に躓き転びそうにもなるが、悠たちは牧草地の奥の森林地帯へと走った。
敵はどんどん岸に迫る。
すると、紫色の空を悠たちの走る方向とは反対、海岸に向けて戦闘ヘリが飛翔してゆく。
「殺っちまえ!」
巻が空に向かって叫ぶ。それに答えるかのように戦闘ヘリは唸りをあげて飛翔してゆく。
悠たちはやっとのことで比較的安全と思われる所まで走り抜いた。
さすがの隊員たちも息を切らした。
「ハァ…ハァ…とりあえず大丈夫か?」
巻と悠は顔を見合わせて頷いた。
ヘリの飛ぶ音に、微かに砲撃音が交じる。
しかし安心したのは束の間。
悠たちは撤退が遅れ、部隊から孤立していた。
何しろとにかくの撤退で集合先も知らされていない。
通信機も突然の攻撃に動転して準備していなかった。
「とりあえず…、統率も糞もねぇ。完全にしてやられたな。」
中嶋は苦笑いする。
しかし赤西を始めとする一士の三人は冗談じゃないという顔をしていた。
6人は歩いて森林に入っていく。
その時、また間髪入れずに起こったこと。
タァン…
一発の銃弾が悠の頬を掠め、木に当たった。
敵?そんなバカな!
と誰もが思った。
今、上陸を試みているはずの敵が、しかも自らの行く手から発砲出来るわけがない。
そうなると答えはひとつ。
悠は体を屈めながら即座に叫んだ。
「打つな!味方だ!」
「Boys, be ambitious!」
中嶋が敵味方識別のために定められている英文を叫んだ。
すると、悠たちの前方に一人の隊員が姿を表した。
「…涼原!」
悠は思わず叫んだ。
その隊員は、見慣れた顔。あの涼原二曹であった。
鋭い目つきでこちらを睨みつける彼女に思わず悠もたじろいだ。
「不破二曹…。」
涼原は銃を下ろす。
悠の隣で他の隊員らは溜め息をついた。
「良かった味方で」
巻が言う。
「びっくりさせないで下さい。」
涼原が巻に向かって言う。
「あぁ?こっちこそいきなり発砲されてビビったわ」
巻が言い返す。
まぁまぁと悠は割って入った。
「しかし涼原、お前多数相手にひとりで戦闘始めるのはいい判断ではないぞ。」
悠は厳しい顔で鈴原に言う。
すると…
「あの…これ…」
涼原は自らの後ろの木の根元を指差した。
そこには他にもう一人隊員が座りこんでいた。
「負傷者か!」
巻と中嶋が同時に叫ぶ。
「なるほど…。」
涼原はこの負傷した隊員を守るべく発砲した。
悠は合点がいった。
悠と中嶋が駆け寄る。
隊員の階級は一尉。名前は真田。
左足に鉄片が突き刺さった後の傷跡があり、止血手当てがされていた。
「うぅ…」
真田は呻き声をあげる。
気に持たれかかり呻く彼の姿は痛々しい。
悠は涼原の目をみる。涼原はまっすぐこちらを見ていた。
「仕方ない。敵が迫ってる。俺が背負っていこう。とにかく今は部隊に合流せねば…。」
悠は決心を決めて皆に言う。
「そうだ、部隊に合流して敵を迎え撃つ!」
巻は声を震わせる。
隊員らは頷く。
皆、顔は武者のように鋭い表情をたたえていた。
未だに砲撃音やヘリの飛翔する音が聞こえる。
「俺たちは自衛隊員だ!日本を守るのが仕事だ!生きて、奴らをギャフンと言わしてやる」
中嶋が便乗する。
「アイツらに、日本の土を踏んだことを後悔させてやる。」
木々の狭間から見える敵揚陸艦にうめ尽くされた海。
やがて青く暗くなっていくその海を皆睨みつけていた。
「行きましょう!」
赤西が言う。
皆、足取りを確かに森の奥へと歩いていった。
復讐を誓いつつ。
彼らはただ部隊を目指した。
7月7日夜7時
敵の上陸部隊は、急襲作戦を成功させ苫前を始め、北北海道の日本海に上陸を果たした。
長い長い1日が終わる。
この長い長い激動の1日が、後の長い戦いの始まりだった。
全ての日本人の運命を変えた1日。
為す術はなかった。
夕日を背に纏い、迫り来る洋上の敵の上陸部隊。
地平線を埋め尽くす。
そして…、敵の護衛戦闘艦が次々に砲撃をしてくる。
凄まじい砲撃音。空からはヒュルルルルと甲高い音が響き渡る。
「頭を下げろ!爆風で首持ってかれるぞ!」
呆然と海を見つめていた悠の頭を中嶋が抑えつける。
砲弾は悠たちの手前、目と鼻の先に着弾する。
土が舞い上がり、またどこからか悲鳴が聞こえる。
雨あられのように降り注ぐ砲弾に味方は次々に倒れてゆく。
悠たちは何も出来ない。
敵の上陸部隊はどんどん迫る。
味方は必死に対艦ミサイルを打ち込むが、最初のミサイル攻撃で大半の火力を失った自衛隊の反撃は効果が薄い。
「退却!退却!」
誰かの叫ぶ声が聞こえる。
それを聞きつけた巻が叫ぶ。
「おい、撤退だ!逃げるぞ!」
「ダメだ!今動いたら危ない!」
中嶋がいさめる。
すでに泥だらけの顔は殺気に満ちている。
「だけど、ここで縮こまってたって、走って逃げたって砲撃に晒されるのは同じ…!」
巻が喋りかけてるときに再び近くで爆発する。
「敵の上陸が間近になれば必ず砲撃は止む。その時が撤退のチャンスだ。」
悠は周囲の隊員らに訴える。
「いやだ!俺は行く!」
隊員らは言う。
「やめとけ!死にたいのか!」
赤西が怒鳴り散らす。
「巻!今動いたら確実に死ぬぞ!」
中嶋が訴える。
巻は唇を噛み締める。手が震えていた。
「わかった。ここは言う通りにする。」
巻は静かに呟く。
「巻二曹!こんなとこにいたらホントにヤバいですよ!」
しきりに反抗する隊員、戦闘服の胸の名札には堂本という名が見て取れた。
「堂本…、貴様!」言うことを聞かない隊員に中嶋が怒鳴る。
「自分は死にたくありません。すみません!」
悠たちに反抗した隊員ら、約三名は走っていった。
「くそっ…。」
巻は悔しそうに呟きながら頭を抑えていた。
その間にも、野球選手と子供の雪合戦のような一方的な砲撃戦は続いた。
味方の砲撃も弱まる。
どれだけの間敵の攻撃は続いていたのだろうか…。
夕日が完全に海に消えた時。
敵の砲撃は止んだ。
敵の揚陸艦から無数の小型艇やLCACが飛び出してくる。
悠は砲撃が止まったことを確認し、頭を上げて海を見た。
「止んだ…。敵が来る!撤退だ。今しかない!」
悠は隊員らに言う。
皆頷き、ゆっくりと立ち上がった。その姿は泥にまみれ、目と赤い唇だけが見て取れる黒い顔になっていた。
しかし、隊員ら悠を含め6人は即座に自らの小銃を抱え走り出した。
悠に、巻二曹、中嶋二曹、赤西一士、草薙一士、玉置一士の6人。
穴と残骸だらけの牧草地を走り抜ける。
途中、転がる死体に躓き転びそうにもなるが、悠たちは牧草地の奥の森林地帯へと走った。
敵はどんどん岸に迫る。
すると、紫色の空を悠たちの走る方向とは反対、海岸に向けて戦闘ヘリが飛翔してゆく。
「殺っちまえ!」
巻が空に向かって叫ぶ。それに答えるかのように戦闘ヘリは唸りをあげて飛翔してゆく。
悠たちはやっとのことで比較的安全と思われる所まで走り抜いた。
さすがの隊員たちも息を切らした。
「ハァ…ハァ…とりあえず大丈夫か?」
巻と悠は顔を見合わせて頷いた。
ヘリの飛ぶ音に、微かに砲撃音が交じる。
しかし安心したのは束の間。
悠たちは撤退が遅れ、部隊から孤立していた。
何しろとにかくの撤退で集合先も知らされていない。
通信機も突然の攻撃に動転して準備していなかった。
「とりあえず…、統率も糞もねぇ。完全にしてやられたな。」
中嶋は苦笑いする。
しかし赤西を始めとする一士の三人は冗談じゃないという顔をしていた。
6人は歩いて森林に入っていく。
その時、また間髪入れずに起こったこと。
タァン…
一発の銃弾が悠の頬を掠め、木に当たった。
敵?そんなバカな!
と誰もが思った。
今、上陸を試みているはずの敵が、しかも自らの行く手から発砲出来るわけがない。
そうなると答えはひとつ。
悠は体を屈めながら即座に叫んだ。
「打つな!味方だ!」
「Boys, be ambitious!」
中嶋が敵味方識別のために定められている英文を叫んだ。
すると、悠たちの前方に一人の隊員が姿を表した。
「…涼原!」
悠は思わず叫んだ。
その隊員は、見慣れた顔。あの涼原二曹であった。
鋭い目つきでこちらを睨みつける彼女に思わず悠もたじろいだ。
「不破二曹…。」
涼原は銃を下ろす。
悠の隣で他の隊員らは溜め息をついた。「良かった味方で」
巻が言う。
「びっくりさせないで下さい。」
涼原が巻に向かって言う。
「あぁ?こっちこそいきなり発砲されてビビったわ」
巻が言い返す。
まぁまぁと悠は割って入った。
「しかし涼原、お前多数相手にひとりで戦闘始めるのはいい判断ではないぞ。」
悠は厳しい顔で鈴原に言う。
すると…
「あの…これ…」
涼原は自らの後ろの木の根元を指差した。
そこには他にもう一人隊員が座りこんでいた。
「負傷者か!」
巻と中嶋が同時に叫ぶ。
「なるほど…。」
涼原はこの負傷した隊員を守るべく発砲した。
悠は合点がいった。
悠と中嶋が駆け寄る。
隊員の階級は一尉。名前は真田。
左足に鉄片が突き刺さった後の傷跡があり、止血手当てがされていた。
「うぅ…」
真田は呻き声をあげる。涼原は顔色ひとつ変えずに彼を見下ろしいる。
「仕方ない。敵が迫ってる。俺が背負っていこう。とにかく今は部隊に合流せねば…。」
悠は真田の傷を見て皆に言う。
隊員らは頷く。
涼原の顔が少しだけ緩んだ。
未だに砲撃音やヘリの飛翔する音が聞こえる。
7月7日夜7時
敵の上陸部隊は、あっという間に苫前に上陸を果たした。