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第5話 地獄

7月7日 午後13時


札幌真駒内駐屯地をベースとする第11師団や東千歳の第7師団は北海道北部に続々と集結し、本州の部隊も続々と北上、南下しつつあった。


悠の所属する第18普通科連帯は日本海沿岸の小さな街"苫前"に配置された。


悠達を乗せたトラックは海沿いの国道を走る。


天気もよく潮風が太陽の照りつけを和らげてくれる。

涼しさに隊員らは少しだけ機嫌がよくなっていた。


そんな時だった。対向車線にも突然自衛隊のトラックの列が現れた。


「え?」

巻がトラックの外に目をやる。

悠も、他の隊員らも対向車線のトラックに目を向けた。


トラックに乗っていたのは一般人、子供から女性、年寄りなど普通の市民達であった。


「そうか…。避難するのか…。」

悠は呟いた。


市民たちの目も悠達自衛隊員らに向けられていた。


その目は、自失呆然とし、恨めしさをたたえ、誰ひとり笑っていない。


「仕方ねぇよ。政府だって国民を死なせるわけにはいかねぇんだ。むしろ泣きてぇのは俺たちだよ。」

巻が言う。


「沖縄ではもう何人も死んでるらしい。彼らに比べたらどんなに幸せか…。」


栗林がまたボソりと言う。


「アイツらどこに行くんだろうな…。」

巻が次々にすれ違うトラックを目で追いながら呟いた。


やがて対向車線の自衛隊のトラックの列も途切れ、それからほどなくして悠達は苫前の牧草地へと降ろされた。


牧草地には風力発電のための巨大な風車が無数に並んでいて、近くにはパーキングエリアが整備されている。


そのパーキングエリアには自衛隊の車両がズラリと並んぶ。


「腰いてー。」

悠は両手を上げて体を伸ばす。


「いやぁ…すげぇな風車。」

牧場に立ち並ぶ風車を見上げて悠は感心する。


が、巻はと言うと

「うっわー田舎だなー。なんもねー。こんなトコ敵が攻めて来るのかよ…。」

と愚痴る始末だ。


「文句言ったって何も変わんねーぞ。」

悠は呆れた目を巻に向ける。


「だってよぉ…ぉお!?おい見ろよ馬だ!風車の下、馬歩いてるぜ!?」


悠は溜め息ついた。


直後、

「第三中隊集合!」

栗林が叫ぶ。


各部隊に集合がかかり、隊員らは即座に列をなす。


逐一集合がかかるのは自衛隊の性というか、定めであろう。


「これよりキャンプを設営する。各自役割を担い早急に敵の攻撃に備えろ。」

指示が飛ぶ。


解散がかかると、隊員たちは溜め息をつきつつ作業に取りかかるのだ。


テントを組み立てたり、トラックから物資を搬出したりする。


悠はトラックから物資を搬出していた。

食料の入った無数のコンテナを両手で抱えあげる。


夏の日差しに、額には汗が滲んだ。


「くそっ…あちぃ。」

悠は額の汗を拭う。

「キツいッスね。」

赤西が溜め息をつく。


悠は思わず手を休め、その場に立ち尽くし息をついた。


そんな時だった。


「よっ!」

女の声と共に、悠の尻に激痛が走る。


「痛って!」

悠は激痛に声をあげる。思わず片手で尻を抑える。


悠の尻に蹴りが入れられたのだ。


蹴りを入れたのは、悠とは別の中隊、に所属する涼原結花(スズハラユカ)二等陸曹であった。


「久しぶりぃ!」

涼原は悠にニカッと白い歯を見せて笑う。


しかし悠は苦悶の表情を浮かべ

「久しぶりじゃねぇ!何すんだよアホ!」

と叫ぶ。


「お疲れみたいだったから気合いいれてやったのよ。感謝しなさいよ。」

涼原は不敵に笑う。


「余計なお世話だよ!オメェも女なら少しなぁ…。」

悠は呆れる。

「…。」

赤西は呆然と2人のやりとりを見つめている。


「それこそ余計なお世話!」

涼原が言い返す。


「ハイハイ、さっさとあっち行け。俺は忙しいんだよ。」

悠は手で払う。


「あっそ!せーぜー頑張れよバァカ。」


そう言って涼原は去っていった。

悠は溜め息をつく。


「…何すかあれ。」

赤西が呟く。


「ほっとけぇ。コイツらの夫婦漫才は今に始まったことじゃねぇから。」

巻が口を挟んできた。巻の口元はニヤついていた。


「巻、下らねえこと言ってねーで仕事すっぞ仕事!」

悠声のトーンが少し上がった。


「不破さん、誰なんすかアレ!WAC(女性陸自官)にしては結構カワイイじゃないッスか!」

対して赤西の声のトーンが上がり、目が輝く。


「え…お前あぁいうのがいいの?」

悠は少々引き気味である。


「いや、そうじゃなくて、不破さん仲いいんですね。」

赤西もニヤついていた。


「お前なぁ…喧嘩売ってんのか?」

悠は再びコンテナを持ち上げた。


「いいじゃないッスか!あの人ッ!」

赤西も再び作業を始める。


「俺はお前と違ってもう結婚してるんですぅ。そこんとこヨロシクー!」

悠は軽く流してコンテナを運び始めた。


「オメェも働け!」

巻が赤西の頭をパシッと叩いた。


巻は呟いた。

「マジ平和…。」


日本海の波は静かで、戦争の影も形もない。


街からは人が消え、ただただ波の音や木々の揺れる音しか聞こえない。


まるで自分たちが異質な存在のように感じ、誰もかれもが浮かれていた。


隊員たちは、テントを張り、防弾の土嚢を積み上げ、戦車や高射砲を配備し、キャンプを設営し終えた。


その頃には日が傾きかけ、日本海に日が沈んでゆく。

空は異常な程に赤く染まり、東の空は群青に染まってゆく。



海も橙色に染まり、設営を終えた隊員らは座りこんでそれを眺めていた。


「なんで…俺らこんなトコにいるんだろうな。」

中嶋が呟く。


「…まぁ、言いたいことはわかるよ。でも敵がくるかもしれないんだから仕方ねぇよ。」

悠は答える。


「いや…イマイチさぁやっぱり信じらんねぇんだよな。朝はあんだけ飛んでた戦闘機も飛んでこねーしさ。」

中嶋が言う。


「なんかそれ不気味ですよね。飛んでった戦闘機が帰って来ないなんて。」

赤西が言う。


「だから海自に沈められちまったんじゃねぇの?」

巻は相変わらず欠伸をしながら言う。


「情報がねーな。それが少し怖ぇーわ。」

悠はしんみりと言った。


「さっき栗林三佐とかが夜の上陸や隠密上陸に備える…的な話してましたよ。第一中隊は折候に行ったらしいし。」

赤西が言う。


「一応、状況(自衛隊用語で想定したシナリオや作戦、行動を指す)は継続してるわけね。」

中嶋は溜め息混じりに呟く。


「となると俺たちは夜中にそこら歩き回らなきゃいけないのか。」

巻はうんざりした顔をする。


「夜か…。怖ぇーな。」

悠は唾を飲む。


「大丈夫だよ。敵は海自にやられて上陸できねーよ。」

と巻。


「とりあえず虫除けッスね。」

赤西が笑った。


その時だった。


海の向こう、地平線がキラキラと光り出しだのだった。


「…あれ、なんだ?」


地平線を見ていた誰もが思った。


しかし、その正体を突き止めるまでに時間はかからなかった。


「対空戦闘用ーーー意!!!」



「マジかよ…。」


地平線の上に光ったのは、それは紛れもない無数のミサイルだった。


その姿はみるみる光から目視できる実体へと変化する。


「やべぇよ!走れ!」

悠たちは立ち上がり一目散に土嚢を積んだ壕へと走る。


その悠たちの直上をまた無数の地対空ミサイルが飛翔し海の向こうへ飛んでいった。


無数の敵ミサイルのうち、半数近くが空の上で味方ミサイルに迎撃されたがやはり残りはこちらに飛んできた。


「くそっ…トマホーク(巡航ミサイル)なんて田舎町に打ち込むもんじゃねーだろ!」

巻が叫んだ。


残った無数のミサイルは見事に悠たちの方に飛んでくる。


そして…


あっという間に着弾した。


あちこちで爆発が起こる。


隊員らはただただ身を屈めて爆風から身を守っていた。


対空ミサイルは次々に敵ミサイルが着弾し破壊されてゆく。

凄まじい轟音。

微かに聞こえる悲鳴。


テントや物資が吹き飛ぶ。


不意打ちを食らった部隊に統率はなく、ただただミサイルの脅威から隊員は身を守ることしか出来なかった。


「やべー!演習なんてへでもねー!」

と巻は悠の隣りでエキサイトしている。


とても悠にはそんな余裕はなく、体は震えていた。


ミサイル攻撃は殆ど一瞬の出来事だった。


ミサイルが全て着弾し終えると、辛うじて難を逃れた隊員らが頭を上げる。


周囲は、煙と無数の鉄片や残骸、血肉が散らばっていた。


悠は恐る恐る頭を上げ、その状況を見るや絶句した。

赤西なんかは、あろうことか嘔吐している。


「助かった…。」

悠の隣で呆然と巻が呟いた。


が、しかし全ては始まりだった。


誰かが叫んだ。


「海を見ろ!!」


その言葉に悠たちは視線を洋上に向けた。


地平線には、無数の黒い影。


敵の揚陸艦の大群が姿を見せていた。


「…ありえねぇ。」

悠は呟いた。


午後5時43分

新華軍は稚内、天塩、遠別、初山別、羽幌、苫前の沿岸各地に迫った。

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