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第4話 運命

午前7時50分

いよいよ、出発の時が迫っていた。


悠は戦闘服に身を包み、最低限に荷物を背負い武装してトラックに乗り込む隊員の列の中にいた。


続々と隊員らを載せた兵員輸送車やヘリが駐屯地を発ってゆく。


澄みきった空は三沢基地から飛んできたと思われるF-2(エフニ)支援戦闘機が轟音を轟かせて北の方角へと飛んでゆく。


悠はそれを見上げて自らの行く末に一抹の不安を感じた。


「不破!」

ふと悠の後ろに並んでいた巻が声をかけてきた。


「なんだ!」

トラックの走行音にかき消されないように悠は返事を返す。


「お前、遥ちゃんにはちゃんと電話したのか!?」


「したよ!余計なお世話だバーカ。」


「新婚さんは辛いんじゃないかって心配してやってんだよアホ!」


よくもまぁこんな時に人の心配ができるものだと悠は呆れた。そこが巻のいい所ではあるのだが。


巻はよく悠の家に遊びにきてはよく遥が作った飯を食らって、悠と遥にいじりを入れて帰ってゆく。


悠にとって少し煙たい存在ではあったが、逆にそれだけ親密な仲でもあった。

一言で言うと腐れ縁と表現出来る。


しかし、彼なりに不安を紛らわすために、どうでもいい話題で他人と会話するという手段に出ていた。


皆、不安だった。


いよいよ悠たちはトラックに乗り込む。

狭苦しいトラックの荷台の側面に一列に並んで座らせられる。長い道中、せめて椅子も山手線の椅子くらい座り心地が良ければいいのに、座り心地は勿論悪い。


しかも悠の隣にはあの栗林三佐が座っていた。


悠は気まずそうにするが相手は至って気にする様子もない。


悠はまたとにかく長い道中の不安をも案じなければならなかった。


「全員乗ったか!?」

トラックの下で隊員が叫ぶ。


「よし!出せ!」

トラックは掛け声と共にゆっくり走りだした。


トラックは晴天のもと駐屯地のゲートから公道へと乗り出す。


するとそこには隊員らが驚く光景があった。


沿道に沢山の一般人がいた。

ある者は叫び、ある者は小さな日の丸を振っている。

赤ん坊を抱える女性もいた。


「頑張れー!」

「気をつけてー!」

「日本を頼むぞー!」

「お父ちゃーん!」

歓声が響く。


トラックに乗り込んだ隊員らは目を丸くして互いの顔を見合わせたり、苦笑いをしたりした。



ふと刹那に聞き慣れた声が悠の耳に飛び込んできた。


歓声の中でそれは微かに悠の耳に届いた。


「ゆう!」


悠はハッとしてトラックの二台から身を乗り出した。


「遥!?」

悠は沿道の観衆の中に必死に姿を探した。


トラックはゆっくりとしかし容赦なく走る。


「悠ーー!!」

確かにいた。

悠は遥を見つけた。

観衆の中必死に叫ぶ姿。

遥は悠に気付いていない。


「遥ぁーー!!」

悠はありったけの力をこめて叫んだ。


すると遥は気がついた。

トラックは遥の10m手前まで迫った。


「悠!」

遥が必死に悠に手を伸ばした。


遥に悠は叫んだ。

「遥!絶対帰るから!待ってろ!」

悠は遥に手を伸ばす。


トラックが遥の手前を通り過ぎた。


しかし、お互いの手が触れ合うことはなかった。


「悠ーっ!!絶対帰って来なさいよー!!」


叫ぶ遥の姿が小さくなる。

遥は笑いながら手を振っていた。

やがて沿道の観衆の中に遥の姿は消える。

悠は再び呆然と座席に座る。


そんな悠に似た姿の隊員らが数多く見られた。


トラックから身を乗り出し口々に子供の名を叫び手を振る隊員。

恋人に笑顔で手を振る隊員。


まるで運命に引き裂かれるように、家族に見送られた隊員もそうでない隊員も札幌の地を発っていった。


栗林がボソッと悠に言った。

「熱いねぇ。」

と。

巻や数名の隊員がニヤついている。


「す…すいません。」

悠は赤面して俯いた。


栗林が尚続けた。

「約束どおり、とっとと仕事片付けて帰るべさ。みんなでな。」


栗林はポンと悠の肩を叩く。


「はい。」


悠は唇を引き締めて頷いた。



兵員輸送車の長い列は一路、北北海道日本海沿道へ向けて走り出した。


長い長い道のり。

隊員らの不安は少しだけ和らいでいた。


再び支援戦闘機が三機、トラックの群れの上を巡航してゆく。


もはや日本で戦争が始まったことは紛れもない事実で、誰もかれも淡い期待は捨て、現実を受け止め始めていた。


「今日も暑いッスね。」

上がり始めた気温に巻の隣に座る赤西は呟いた。

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