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第1話 早朝

20**年7月7日 札幌


朝の5時、不破悠(フワユウ)は電話の音で目を覚ました。


携帯電話はLEDを輝かせつつ、メロディを響かせた。


「うぅ…誰だ…。」

ベッドの布団をもぞもぞさせながら悠は携帯に手を伸ばした。


「うるさいなぁ…もう。」

悠の隣には女が寝ていた。不破遥(フワハルカ)。悠の妻だった。


悠は23歳。遥も同じ23歳。二人は結婚して一年も経たない平凡などこにでもいる夫婦だった。


「マナーにしときなさいよー。」

遥は枕に顔をうずめながらぼやく。


「うん。」

悠は鳴り響く携帯を切る。そして再び眠りにつこうとした。


しかし、携帯は再び振動した。

二度目の着信に、悠は目をこすりながら出た。


「はい…。」

「陸上自衛隊北部方面隊第11旅団真駒内駐屯地の佐々木です。不破二等陸曹、非常呼集です。大至急駐屯地に集合して下さい。」

電話の向こうからは焦りに満ちた声が聞こえてきた。


「…はぁ。」

悠は寝ぼけ眼で返事を返した。

電話はブツリと切れた。


「なに…?」

遥も目をこすりながら体を起こした。


「…ん、呼び出しくらった。急いで駐屯地行かないと。」

悠はくあっとあくびをしベッドから起き上がった。


「今日は休みなんじゃなかったのー!?」

遥はベッドの上から不満そうにぼやいた。


悠は自衛官だった。札幌郊外の真駒内駐屯地に勤務する二等陸曹。


なんと表現すべきか。これまた普通の自衛官としか言いようはない。


悠はシャワーを浴びに浴室に入っていく。

遥は、布団を剥ぎ取ると自分の体を包むものは何もないということを思い出し、とりあえず服を着た。


外は日が登り始めていた。

「5時かぁ。朝ご飯作ろうかな…。」

遥は悠が出かける前に彼に軽く朝食をとらせるべく準備を始めた。


「急ぎだし…パンとスクランブルエッグでいいよね…。」

遥は冷蔵庫から卵を取り出し、フライパンを熱した。卵を解き、手早くフライパンに流し込んでかき混ぜてゆく。


遥は心の中で文句を言っていた。


もう、せっかく悠が休みだから遅くまで寝たあと、買い物にでも付き合って貰おうかなって思ってたのに…。

いつもより早く起きちゃったじゃん。


そんな文句が次々頭に浮かび、遥の唇は自然に尖った。


そんな事を考えてつつも遥は卵を半熟に仕上げ、火を消しレタスとトマトを添えた皿に盛り付けた。


「あ、今日の天気…。ニュースやってるかな?」

遥はおもむろにリモコンのスイッチを押してテレビをつけた。


『…えー、まもなく総理官邸から中継が始まります。』

テレビから流れてきた映像は早朝に流れるべきものではない特殊なものであった。

画面の上には『緊急有事速報』の文字が流れ、身なりの整わないニュースキャスターが深刻な顔でしゃべっていた。


「何これ。地震?」

遥は思わず朝食の準備を忘れてテレビに見入った。

ただし、地震の速報なんてものはこの国において稀ではない。

彼女には特に興味以外の感情はなかった。

『総理官邸から中継です。"諏訪義彦"内閣官房長官です。』

画面には白髪で眼鏡をかけた痩せ型の男が姿を表した。

スーツの上着はなく、袖をまくったワイシャツ姿、表情は暗かった。


そこに悠がシャワーを終えて姿を表した。

腰にタオルを巻き、無言で遥の後ろに立ち同じくテレビに目をやった。


『本日未明、新華海軍艦船数十及び新華空軍機数十が我が国の領海及び領空を侵犯しました。この件に関して、新華政府より日本政府に対して国交断絶及び宣戦の旨が通達されました。政府は直ちに新華政府に抗議すると共に…』


悠は顔色を変えた。

事の重大さを認識するまでに意外と時間はかからなかった。

「マジかよ…!」

悠は走り出した。


「え?何?どういうこと!?」

遥はまだ事態が飲み込めず悠を追いかけ寝室に向かう。


悠は寝室のクローゼットから物色するように自衛官の緑色の制服を引っ張り出しながら叫んだ。

「紛争だ紛争!日本と新華の間で戦闘が始まったんだよ!だからさっき駐屯地から非常呼集かかったんだ!」


「え!?え!?」

遥は信じられないといったような顔だ。ただただとりあえず深刻な何かが起こっていると認識するのに精一杯だった。


「遥、わりぃ。テレビ見てて!」

悠はスラックスをはきながら遥に言う。

遥は頷いて再びリビングに駆けていった。


悠は微かにある思いを抱いた。


まさか戦争なんて自分の身近に起こるわけがない。

誤報だよな?何かの間違いに違いない。


と。

その時々の情勢に応じて自衛隊では非常呼集や待機の指令がでるが、今まで大それた事態に至らずにきた。

だから急ぎつつもそんな淡い思いを抱かずにはいられなかった。


でも心の底では何か尋常じゃないものを感じていることに悠自身気づいてはいなかった。


着替えを終え、悠は再びリビングに向かった。


「何だって?」

悠はテレビを見ている遥に詳しい状況を尋ねた。


「新華軍が沖縄に上陸したって。もうすぐ北海道にもくるってしゃべってる。」

遥は静かに言った。


「そっか。じゃあ俺行くから。」

悠は玄関に向かう。

「待って、ご飯は?」

遥は立ち上がって悠を呼び止めた。


「食ってる暇ねーから。」


遥も悠を追いかけて玄関に向かう。

悠は玄関に座り込み靴紐を結んでいた。

遥はその手が俄かに震えているのを見た。


「気をつけてね。何かわかったら電話してよ。」

遥はそれだけ言うのが精一杯だった。


「あぁ。わかった。」

悠は靴紐を結び終えて立ち上がり、遥の方を見た。

「大丈夫だって。今日も晩飯頼むぜ。」

悠は遥の肩をポンと叩いてから頬にキスした。


遥の深刻な顔とは対照的に悠は笑顔だった。

「行ってくるわ。」

悠はそう言って走って出て行った。


二人はこれが暫くの別れになるとは思わなかった。


早朝5:45 札幌

異様に澄み渡った空に鳥の囀りが響き渡り、対照的に街は物々しい賑やかさに包まれつつあった。

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