第8話ー卒業シーズン1
そうこうしている内に、あっという間に3月が来た。
僕は卒業後、無事に就職するために、走り回った。
まずは、難関となる海兵隊との交渉だ。
「本当に海兵隊士官の任官を辞退するのかね」
「はい、辞退します」
「君は、土方伯爵の縁者だろう。他にも色々と海兵隊と縁がある身でありながら、辞退するのかね」
「はい」
圧迫面接にも程があるという威圧を、僕は受ける羽目になった。
実際、僕が、海兵隊士官の任官辞退の際に交渉することになった海兵隊の某尉官は、国連の平和維持活動の際、数十人を自衛(?)の為に殺した実績を持っていたらしい。
その血の臭いを漂わせる尉官との交渉。
僕的には、東京の夜の繁華街の路地裏を歩いていて、因縁をつけてきたチンピラ数名と自分が格闘した方がマシな気さえする面接になった。
「任官辞退するなら、金は出せるのかね。奨学金を返済してもらわねば」
「最初は、利息分で充分でしたよね。元金も含めて、ある程度は返済します」
尉官が、半ばせせら笑うような口調で言ったのに、僕は精一杯、背を伸ばし、虚勢を張りながら答えた。
「ほう、800万円が返済できるというのか」
尉官は、驚きの目を、僕に向けた。
「ええ」
さて、ここで少し裏事情を話さねばならない。
年に200万円の奨学金をもらえるのなら、その一部を貯蓄に回し、少しでも卒業時の返済を減らせるように思えるだろう。
だが、海兵隊もあくどい。
そう簡単に貯蓄に回せないように、いろいろと奨学金を使わせてしまう。
そもそも本来の学業に加え、予備役士官養成課程の受講、訓練と言うだけで、時間が削られてしまう。
つまり、アルバイトをする時間が削られる。
他にも、色々と物入りになる。
例えば、訓練地に向かうのに、旅費が本来支払われることになっており、実際、支払われるが、それは任官後と言うことになっている。
つまり、在学中は自分で立て替えるしかない。
他にも軍服を始めとする装備品も、在学中は立て替え払いだ。
士官に正式任官後、清算されることになっている。
幾ら何でもあんまりだ、と思う人もいるが、任官拒否者の自己責任と言う大義名分の前には、その声が小さくなってしまう。
そんなこんなが積み重なると、年200万円、4年間で800万円も貰った奨学金は、節約に努めたつもりでも、卒業時に残っているのは、下手をすると、100万円あれば上等、というレベルになってしまう。
奨学金を受けた予備役士官養成課程受講者が、任官拒否という決断ができなくなる訳だ。
本当に性質が悪いと、僕は思う。
だが、僕は節約に努めた事や、割のいい家庭教師と言うアルバイトを頑張ったお蔭で、600万円余りを貯蓄することに成功していた。
「ここに返済金を準備してきました。全額には満ちませんが、600万円余りを返済いたします。これで、残りは200万円に満たない筈です。月2万円を返済すれば、いいですよね」
「うむ」
交渉相手の尉官が、顔を歪ませながら、僕に返答した。
実は、就職活動でも、僕は、えらい苦労をした。
予備役士官養成課程を受講していると言うだけで、採用担当者の顔が渋くなった。
採用しても、士官となり、採用辞退するのでは、と警戒されたのだ。
公務員採用試験に至っては、予備役士官養成課程受講者と言うだけで、最初から、門前払いを受ける始末だった(予備役士官養成課程受講者は、士官、つまり国家公務員になるのが大前提なので、当然ともいえるのだが。)。
本当に、私立浦賀女学校の採用担当者が、理解のある人で助かった。
数十というよりも、百近い採用面接を受けた末、浦賀女学校教員の口が自分は取れたのだ。
「それでは、失礼します」
僕はほっとしながら、尉官の前を辞去した。
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