第7話ーそれぞれの夢
男主人公を巡る4人の教え子の話になります。
「私が初めての相手」
「いや」
初夜の時、私の問いかけに、夫は言った。
「商売女と初めてしている」
「そうなの。じゃあ、優しくしてね」
「分かっている」
それから10日余り、愛を交わした。
あの一時、本当に幸せだった。
でも、夫には裏切られていた。
初めての相手は、あの女だったのだ。
万が一の際に開くように書かれていた遺書には、実は婚約前に付き合っていた女性がいたこと、その女性と愛を交わしたこと、もし、これこれの頃に産まれたら、自分の子だと書かれていて、私は呆然とした。
「申し上げにくいのですが、あの人の娘が生まれました。せめて、あの人の娘と認めてください」
あの女が現れた。
澪は、その瞬間に跳ね起きた。
「嫌な夢。何で、こんな夢を。私はまだ小学6年生なのに」
鈴も、夢を見ていた。
「君とは結婚できない。上官から、結婚を勧められた。分かってくれ」
感情的には、分かりたくなかった。
でも、理性では、分かってしまった。
軍隊の世界で、上官が勧める結婚を拒否して、出世できるわけがない。
それに、下手をすると、上官に目を付けられ、「名誉の戦死」に追いやられる。
散々、泣き喚き、暴れた末に、自分で自分を納得させるしかなかった。
「分かりました。でも、一つだけ、お願いがあります。私を抱いてから、別れてください」
「しかし、もしものことがあったら」
「別れる前、私のたった一つの願いが聞けないのですか」
「分かったよ」
私は運試しをすることにした。
もし、私が妊娠したら、彼を奪い取れるのでは。
でも、相手も妊娠していた。
そして、あの人は。
「何で、こんな夢を」
鈴は、目を覚ました後、不思議に思った。
愛は、夢の中で先祖と同じ芸者になっていた。
「いや、いい呑みっぷり」
自分が好きになった男が、久しぶりに来て、気持ちのいい呑み方をしてくれたので、愛想をした。
だが、彼の表情が暗い。
「何かあったの」
「いや、欧州に行くことになって、他にもいろいろとな」
「えっ」
世界大戦が勃発し、海兵隊の士官が相次いで欧州に出征していく。
彼も欧州に行くのか。
「ねえ、私を抱いて」
「いいのか」
「いいわ」
今、彼にできる、これが私の精一杯。
お互いに初めてのことだった。
そして、一生、忘れることができなかった。
愛は何でこんな夢を見たのだろう、と首を捻りながら目覚めた。
「お兄さんは、マルヌで死んだのか」
「エラン・ヴィタールなんて言って、これで、ドイツに勝って、クリスマスに還ってくるって言っていたのにね」
彼のフランス語は、日本人にしては、上手かった。
本当に俄か勉強なのか、と疑うくらいだ。
だから、つい、身の上話をしてしまった。
兄が戦死して、天涯孤独の身になってしまった事、それで、こんな商売をするようになった事。
「こんな商売、早く止めた方がいいと思うがな」
「言うのは楽な話よ。でも、女一人で、他にできることがあるというの」
彼の言葉に、私は捨て鉢な笑いを浮かべながら言った。
「もし、子どもが出来た際に、子どもに対して、胸を張れる商売かい」
彼は何の気なしに言ったのだろうが、私の胸に僅かに残っていた何かに、その言葉は突き刺さった。
「ねえ、もし、私が」
それ以上は言えなかった。
売春婦なんて商売をしている私が、日本の海兵隊士官の彼の子どもを生みたい、なんて言える訳がない。
だが、彼は、私の気持ちを察して、何度も来て抱いてくれた。
妻がいるそうだが、彼もこの世に生きた証しを少しでも遺したかったのだろう。
そして、彼は、ある日、私の前から去ってしまった。
日本の他の海兵隊士官に、いろいろ聞いたら、彼はヴェルダンで戦死したらしい。
そして、私は。
ジャンヌは、目が覚めた時、枕が濡れているのに気づいた。
ご感想をお待ちしています。