第3話ー土方家2
前の話の続きになります。
一方、ご先祖様の方は、岸三郎提督の次女と急きょ結婚し、10日余りを過ごした後、欧州へと赴いた。
幸いなことに、正妻側もこの間に妊娠し、僕や澪の曽祖父が生まれることになる。
そして、ヴェルダンで、ご先祖様は戦死。
半分覚悟していたとはいえ、まだ妊娠中だったご先祖様の正妻は、悲嘆にくれたらしい。
更に万が一の際に開くように書かれた遺書の中で、愛人のことが書かれていた。
そんな女性がいたなんて、と正妻が呆然としたまま、出産したところに、愛人がご先祖様の娘を連れて現れた。
ともかく、えらい大騒動だったらしい。
何しろ本来、岸家の家長たる岸三郎提督は、欧州にいる。
そして、最大の当事者であるご先祖様は、あの世へと旅立った後だ。
複数の人間が仲裁に入ることになった。
最終的に、正妻と愛人とが、(言うまでも無く僕なりの皮肉である)理性的な話し合いを行った末に、愛人の娘をご先祖様の娘と認知すること、ご先祖様の戦死に伴う弔慰金等の2割を娘が貰うこと等が取り決められた。
それから20年余りの時が流れた。
皮肉なことに、この異母姉弟は仲良くなり、お互いの家では逢いづらいので、外で会うようになった。
なお、岸三郎提督は、子どもについては不運な方で、長男はチロルで戦死、次男もスペイン風邪で死亡と、男児は皆、長命せず、血を承けた男の孫で岸家を継げるのは、僕の曽祖父だけだった。
そのために、曽祖父は岸三郎提督の養子となり、岸家を継ぐことになった。
岸家は、土方歳三提督から事実上始まる土方伯爵家と、海兵隊の提督同士ということもあり、家族ぐるみの付き合いがあった。
そして、曽祖父と、その異母姉が外で逢っているのを見た土方伯爵家の跡取り、土方勇は、異母姉に手を出してしまった。
「おい、彼女は誰だ。お前の交際相手か」
土方勇は、ずけずけと曽祖父に迫り、言を左右に逃げようとする曽祖父から、彼女が異母姉であることを認めさせた。
「なら、問題ないな。俺の妻に迎えたい」
周囲は大騒動になった。
何しろ、何だかんだ言っても、土方勇は、伯爵家の跡取り息子である。
つまり、(言葉が悪くて、失礼な言い方だが)愛人の娘が、将来、伯爵夫人になるのだ。
ご先祖様の正妻は、(至極上品に言っても)機嫌が大層悪くなり、岸提督にまで当り散らしたらしい。
最後は、海兵隊の元帥にして、元大名の侯爵までが口をだし、
「本人同士が好きなのだろう。わしの養女にして嫁がせてもいい」
と言ったことから、ようやくこの縁談がまとまり、鈴の曾祖母は、最終的に伯爵夫人に収まった。
それから更に歳月は流れ、曾孫の鈴は立派な土方伯爵家のご令嬢として生まれ育っていた。
鈴は、上品に黒髪を後ろにストレートに伸ばした髪型を好んでおり、それがまた似合っていた。
「それにしても、先生は、本当に海兵隊に入られないのですか」
お茶を飲みながら、鈴は、僕に疑問を呈した。
土方伯爵家は、代々、海兵隊の提督を輩出しており、いわゆる海兵隊一家の元締めの1人といえる。
その縁につながる僕が、海兵隊に入らない、というのは、親族皆が海兵隊員と言える鈴にしてみれば、理解できないことなのだろう。
「僕は教師が向いているからね」
鈴には、下手に本心を打ち明けられない。
鈴は、正直に何もかも話す癖がある。
土方伯爵家の現当主、鈴の祖父に、僕の本心が伝わったら、大騒動になる。
「確かに、先生は教え方が上手だと思いますが。海兵隊員を務めてからでもいいと私は思いますよ」
鈴は、おっとりと言った。
「明日は、村山さんの所の家庭教師でしたっけ」
「そうだよ」
村山愛、横須賀の名料亭「北白川」の跡取り娘だ。
「村山さんも浦賀女学校志望ですね。一緒に学びたいです」
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