第24話ー全てをお互いに話す時・下
「次は私ね」
愛が語り始めた。
「あの1回の出来事の後、あなたは訪ねて来なかったわね。欧州への派兵準備に加え、澪との結婚準備、本当に忙しかったからなのでしょうね」
「ああ」
僕は、そう言うしかない。
まさか、1回で、愛が妊娠したとは思わなかった。
更に言うなら、愛は職業上、避妊していて、失敗しても中絶すると、あの時の僕は思っていた。
「そして、妊娠、出産。芸者を辞めて、仲居等に転職して、育児には本当に苦労したわ」
愛、本当に済まない。
「でも、あなたの娘の顔を見ると、自分の決断が間違っていなかったと思えた。お母さんとかも、私を手伝ってくれたしね」
愛は、本心では無理をしているのだろう。
目元に涙を溜めている。
「そして、腕のいい板前と知り合い、私の事情を分かってくれて、結婚を決めた。あなたは数年、音信不通になっていて、戦死したと思ったから。実際、後で、北白川宮殿下に確認したけど、そうだったわね」
愛の言葉に、僕は黙って肯くしかなかった。
「更に、小料理屋を創業して、北白川宮殿下が来られるようになって、あなたの戦死した状況が分かって、澪や鈴の話から娘について、沈黙を保つことにして、「北白川」を創業し、成功した。でも、本当は、あなたに、娘が出来たことを、前世で伝えたかった」
愛は、それ以上、言葉を続けられなくなった。
僕達も、愛の真率の想いに何も言えなくなり、暫く沈黙の時が続いた。
「私も語っていいかしら」
ジャンヌが周囲に同意を求め、僕以外は肯いた。
何故、僕が肯かなかったかと言えば、ジャンヌは、ある意味、凄まじい前世を送っていたからだ。
「私が10歳になるまでに工員だった両親は、相次いで若死にしたわ。たった1人、10歳程、歳の離れた兄が私の唯一の身内だった。でも、兄もマルヌで戦死した。私は捨て鉢になり、街娼に身を落とした」
「へえ、100人以上に身を任せたの」
澪が辛辣に口を挟んだ。
今朝の一件、僕とジャンヌが寄り添って歩いたのが、余程、トラウマらしい。
「一桁、違うわね。多分、1000人は超えているわ。だって、最高で1日の間に、のべ10人を相手にした覚えがあるから」
ジャンヌは答えたが、他の3人は絶句している。
僕も、ジャンヌは、ある意味で化物だと思う。
「前世の記憶をフルに活用できるので、お疑いなら、何でしたら、その技巧を披露してもいいけど」
僕も含めて、他の4人は首をガクブルした。
幾ら発育がいいとはいえ、12歳の少女が言うセリフではない。
「でも、あなたに会って、諭されて、改心した。それに、あなたは生真面目に約束通り通ってきたしね」
ジャンヌは、そう言って、涙を浮かべた。
だが、澪や鈴、愛は僕を何とも言えない目で睨むようになった。
針のむしろとはこのことか。
「そして、あなたは別れを告げ、そのまま帰ってこなかった。暫く経ち、私は息子を授かった。それを機に私は街娼を辞め、正業に就くことにした。街娼稼業で、小金も貯まっていたし。それに戦争の為に、私のような相手を無くし、1人で子育てをするような女は珍しくない状況だったから、その点でも転職はしやすかった。そして、1人で息子を育て上げた訳。息子が、フランス軍の軍人を志望し、本当に士官になった際には、あなたの息子だけのことはある、と1人、誇らしく思ったわ。そして、私も最期は孫に無事に囲まれて、目蓋を閉じれた」
ジャンヌの長い語りも、又、終わった。
5人全員の自分語りが終わった時、まだ1日は終わっていなかった。
時計は午後11時台を示していた。
朝からあれだけのことがあったのに、まだ1日は終わっていないのが、僕には不思議でならなかった。
僕は物想いを止め、駐屯地へ帰った。
これで本編は終わりです。
この後、エピローグになりますが、本編の6年後の世界になります。
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