第23話ー全てをお互いに話す時・中
「考えてみれば、フランスで貰った給料、ほぼ全てをジャンヌに渡していたような気が」
僕が更に呟くと、澪が目を三角にしながら言った。
「高木さんは、トランプ賭博にはまって、給料を無くしていたようだ、と言っていたけど。嘘だったのね。妻をないがしろにして、給料を愛人につぎ込むなんて、離婚ものだわ」
「澪が離婚すると言った。良かった」
愛が、間の手を入れると、澪が慌てて言った。
「前世で知っていたらよ。今は、別。前世の事は白紙でしょう」
「都合のいい白紙ね」
鈴まで、ぼそりと言った。
「それで、後は皆が既に知っている通り、ヴェルダンで僕は戦死した。僕の言えるのは、それくらいかな」
僕の長い語りが終わった。
次に語ったのは澪だった。
「あなたの戦死を知って、遺書を開いたら、鈴のことが書かれていたでしょう。本当に驚いたわ」
「おかげで、私は助かったけどね。危うく娘だと、認知さえしてもらえないところだった」
鈴が口を挟んだ。
「そして、鈴があなたの娘を連れて訪ねてきて、あなたもある程度は知っているでしょうけど、本当に私は怒ったのだから」
「そうそう、それによって、本当に死んでしまってくれるのでは、と思ったわ」
澪の言葉に、鈴が黒い笑みを浮かべた。
本当に、この2人は。
「とにかく、間に入った人の言葉もあって、あなたの遺産等の2割を、鈴に分与したのよ。本当は、それでは済まなかったみたいね」
澪は、僕と愛、ジャンヌを睨み回した。
僕達は慌てて目を伏せた。
さすがに、この件について、弁解の余地はない。
「そうは言っても、息子が父の養子になって、岸家の家督を継ぐことになったし、それなりに安楽に暮らして、息子や子孫を育て上げることが出来たわ。あれは、想定外だったけれど」
澪は、それ以上は言わなかった。
うん、70歳代まで、澪は長命したよね、年老いて孫や曾孫に囲まれる姿は、幸せそうに見えるよね。
と僕は言いたいが、澪の内心は別らしい。
若くして死んだ僕に、止むを得ないとはいえ、年老いた姿を見られたくなかったようだ。
「次は私かしら」
鈴が声を上げた。
「澪が少し語ったけれど、あなたの娘を妊娠して、無事に出産した時、これで、澪からあなたを奪い取れると考えたわ。まさか、澪も妊娠、出産して、あなたが戦死するとは思いもよらなかった」
だよね、本当に僕の戦死後、澪や鈴が、あれ程の修羅場を演じることになるとは。
「そうは言っても、私も両親が健在だったから、娘を育てるのに、そんなに苦労はしなかったわ。あなたの遺産の一部も、澪の厚意から貰えたし」
鈴、そんな目、口調で言うと皮肉にしか聞こえない。
澪が、あらためて睨み返しているぞ。
「そして、娘が成長して、土方伯爵家に嫁ぐことになるのだけど。澪の嫉妬は、みっともなかったわ」
「それは怒って当然でしょう。あなたの娘に、私や私の息子は、頭を下げることになるのよ」
確かに。
伯爵夫人に鈴の娘がなったら、鈴の娘に、平民の澪の息子や澪は、頭を下げざるを得ない。
澪の息子はともかく、澪にとっては、屈辱的な話だ。
「周りの言葉もあって、私の産んだあなたの娘は伯爵夫人になれた。娘が幸せになれて、本当に良かった。ただ、心残りはその時に、あなたはいなかった」
鈴の言葉の裏に、鈴としては、心変わり等せず、ずっと僕を愛して、信じ続けたのに、という想いを、僕は、直感的に感じてしまった。
鈴の心を疑い、澪との縁談を進め、結果的に僕は鈴を裏切ってしまった。
「そして、私も70代まで長命して、孫や曾孫に囲まれることはできたわ。伯爵夫人の母として、陰ではともかく、それなりに敬われた。一応は幸せだったと言えるわ」
鈴はそう語り終えた。
鈴、本当に済まない。
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