第16話ージャンヌ
もう、何も怖くない。
やっと彼に再会できたのだ。
私をこの世に生んでくれた彼に。
彼に会わなければ、私は苦界に沈み、最後はどうなっていたか。
陽の当たる場所で、彼と寄り添って歩きたい。
前世では叶わなかった望みが、今、叶ったのだ。
もし、この路が、これから火刑台に上る路であっても、私は構わない。
更に叶うことなら、彼と手をつなぎ、腕を組み、頭を彼の体に寄り添わせ、歩きたい。
私は、前世の記憶と現世の記憶が入り混じった考えをしつつ、彼の横を歩いていた。
澪や鈴から、私は殺気の籠った視線を浴びている。
いいではないか、あなた方は。
これまでも陽の当たる場所で逢ってきたのだから。
私は、これまで、それさえ叶わなかったのだ。
私は、澪や鈴に見せつけながら、彼と歩んだ。
私は彼と引き離され、別室に閉じ込められた。
一人の先生が私の前にいて、厳しく問い糺してきた。
「あなたが口走ったことは、本当ですか」
魔女審問を行う審問官みたいだ、私は、ふと、そんなことを想った。
少しでも状況を好転させないと、彼の為に、私の為に、それから、余り気が進まないが、他の3人の為に(私を事実とはいえ、売女呼ばわりした彼女達を助けようなんて、甘いと言われそうだが。)。
「先生の口ぶりだと、私は加害者のようですが。私は加害者なのですか」
「いえ、そんなことはありません。あなたを被害者だと考えています」
私が、こんなふうに答えることを想定していなかったのだろう、先生は驚いた顔をしながら言った。
「それなら、少なくとも私の保護者、母なり、父なりを立ち会わすべきでは。それとも、被害者を加害者だとして、責め立てるのが、日本の女学校の教育現場なのですか。フランス大使館に訴え、外交問題にしたいと思います」
「すぐに、あなたの親を呼びますから」
「後、第三者を立ち会わせた方がいいと思うので、弁護士もお願いします」
どうせ、退学して、フランスに帰国することになるのだろうから、とことんやれることはやろう。
先生は、すぐに私の母を呼んできた。
続けて、弁護士も来た。
先生も2人になった。
気が付けば、部屋の中に2人の筈が、5人になっていて、結構、狭くなっていた。
私が口火を切った。
「あの会話のどこが問題なのでしょうか」
「あなたは、先生とそれなりの関係を持ったのではありませんか」
「挨拶のキスを交わしていただけですよ。他の方も同じでは」
先生の1人からの再質問に、私はとぼけた。
これは、これで澪や鈴に刺されそうだ。
あの様子だと、他の3人はキスさえ彼と現世ではしていないだろう。
だが、あの会話を少しでも穏当な方向に持って行くなら、この方向がベストだと私は考えた。
「だって、私の国では、挨拶としてのキスをするのが当たり前の事ですし。ここでは違うのですか」
「ここは日本です。誤解を招くようなことを言ってはいけません」
母が横から口を出した。
さすが、私の母、私の考えを察してくれたのかも。
多分、違うだろうが。
更に弁護士も口を挟んだ。
「どうやら、このお嬢さんについては、潔白なのでは。そうでなかったら、こんな対応はしないでしょう」
「ええ、そのようですね」
先生の1人も同調する口ぶりを示した。
何しろ、弁護士が入り、フランス大使館まで巻き込みかねないのだ。
先生の危機管理能力を超えつつあるのではないか。
こうなると、少しでも話を小さく抑えないと、という心理が働くのだろう。
とりあえず、私と彼との現世の関係については、これで何とかなりそうだ。
問題は、彼と後3人の現世での関係と、彼と他3人を何とか救い出すことだ。
他3人を救うことは、正直に言って、気が進まないけど。
その後、解放された私は考えを巡らせた。
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