第14話ー鈴
武道の段持ちなら、戦う遥か以前に、初見で相手の武道の力量は、誰でもすぐに見切れる、と笑われそうな気がしますが、小説上と言うことで、平にご容赦を。
さすがに女性とはいえ、自分より体重が20キロは重いように見える3人に迎え込まれては、私の勝算は無い。
ここは大人しくすべきだろう。
私は力を緩めたが、3人共が油断する気配を示さない。
この状況でも、ご先祖様の土方歳三なら、切り抜けられるだろうが、相手が油断してくれない限り、未熟な私では無理な話だ。
とはいえ、3人が油断しないのも当然か。
私の目の前で、澪と愛が担がれて運ばれている。
澪は鳩尾への一撃の当身で昏倒させ、愛は突進してきたのを逆用しての投げで昏倒させた。
天然理心流で柔術と小具足の目録(他はまだ全て切紙)を持つ私を甘く見るな。
更に彼とジャンヌが寄り添っていて、ジャンヌが彼を庇おうとしたことで、私は完全に逆上した。
売女め、彼を完全にたぶらかして、絶対に赦せない。
彼とジャンヌに向かい、突撃しようとしたが、先生達が延べ6人掛かりで阻止しようとした。
それでも、柔術を駆使して、2人は倒したが、それが私の限界。
そして、現状に至ると言う訳だ。
その時、ようやく私は我に返った。
あれ、私は何をやらかしたのだ。
ええと、彼は私の家庭教師の先生の筈で、澪は私の遠縁の親戚で、愛は小学校の同級生の筈。
断じて、前世のように、彼は私の事実上の元婚約者で、澪はその妻ではない。
当然、現世では、私は彼の娘を産むどころか、キスさえしていない。
現世の愛やジャンヌは、今は彼の単なる教え子に過ぎないように思われる。
おそらく、前世では、また別で、私と同様に子まで生した仲に思われるが。
えっと、ちょっとやり過ぎたかな。
うん、笑って誤魔化せるレベルではない気がしてきた。
そう、私が思っている内に、私は一室にたどり着いた。
「ともかく、何で、あんなにあなたが暴れるようなことが起こったのか、話してください」
4人の女の先生が、私を取り囲み、正面の先生が話しかけてきた。
全員が、私の見立てでは武道の心得がそれなりにあり、体格も私を遥かに上回っているようだ。
しかも、1人は私からは見えないように、完全に私の背中に立ち、2人が両脇を固めるという態勢だ。
か弱い女の子相手に、大仰なものだ。
私は大人しくてお上品な華族の令嬢なのに。
そういっても、誰も信じてくれないよね、うん。
あんな大立ち回りを演じたのだから。
「ええっと、ちょっと興奮してしまいまして」
「ちょっと興奮のレベルではないでしょう」
私の返答に、思わず右脇の先生が叫んだ。
「喧嘩の末に、2人の生徒が失神。取り押さえようとした先生2人が、返り討ちにされ、暫く立ち上がれなかったのよ。しかも、柔道初段と合気道初段をそれぞれが持っているのに。あなた、何者」
「ええっと。土方伯爵家の娘、土方鈴です」
「説明になっていないわよ」
正面の先生から、更に突っ込まれた。
うーん、武道家なら、相手の実力を立ち会う前に察して欲しかったな。
おそらく先生方は、私を武道の心得等が無いお嬢様が暴れた、と思ったのだろう。
残念でした。
私は、土方歳三の直系の末裔で、天然理心流をそれなりに嗜んだ身なのだ。
家族で私を取り押さえられるのは、兄か、父でないとダメだ。
現当主の祖父でさえ、
「60歳を過ぎたせいか、鈴と練習で立ち会うのがつらくなった」
と嘆く有様なのだ。
だから、あの時、先生方は手加減無しで私の制圧を試みるべきだった。
だが、初見で私の実力を知らない為に、つい、先生が手加減を加えた為に、ああなったのだ。
もし、先生方が最初から本気で制圧を試みていたら、私は先生を誰も倒せなかったろう。
いけない、いけない。
何とか、状況を好転させないと。
私と、先生と、それから3人の立場を。
でも、どうすれば、いいだろうか。
私は、頭を完全に抱えた。
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